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行動文化(185) 霊能 

「超能力」として知られているものに霊能、霊感、霊媒(憑依)の三種類があり、またそれとは別に霊視、霊聴、霊語の別がある。
霊語の可能な者は世界にも数えるほどしかいない。霊能者が霊能活動に入るとその意識は全面的に神智圏に占入して小宇宙(額部)から金色の霊光が陽炎のように立ち昇る。
太古、幽現の意識交流がきわめて縁勝であった時代にはこの金色の霊光も日常に見られたであろうが、今日のような自己防衛意識を片時も離れられぬ社会では活動神との交流が自覚的に可能な者はほとんどいない。大陸での修行中には私(先師玄通子)も度々みたことがあるが、帰国してからはまだ一度もみていない。霊能者は日常的に意識の三分の二は神智圏にあって、つねに活動神との交流が行なわれている。

 第二の霊感とは電性意識(我欲、我見、我執)の自制が可能な者に発現する。余念なく仕事にうち込んでいる時などが発現の時。しかし霊能者とちがって霊感者の霊交は無自覚のものだから、三昧境から意識がもどれば普通の人。
 霊感が訪れている時は、小宇宙(前額部)から紅紫の霊光が立ち昇っている。
この霊光は、霊能者のものに比較してかなり容易にみることができる。
日支事変勃発の前年、河北省曲陽県の恒山の山麓にある道教の寺に泊まった時、観主との老荘についての談論風発の場で、話に熱中した観主からこの紅紫の霊光が盛んにたちのぼっているのをみたが、とくに珍しい事ではない。
 憑依は別として霊能と霊感の場合は活動神群との交流だから理性意識のつよい者ほど可能だが、しかし霊媒への憑依の場合はかかってくるのがみんな動物霊だから、さきの二例とは逆に普通人よりも知性の低劣な者か、または電性意識の異常に興奮しやすい者に多いわけで、常識人の場合は波長が違うから動物霊レベルとの交流は起こらない。巷間よく霊媒クラスの者が霊能者と思いこまれている例を見かけるが、覚えていたほうがよいのは、このクラスの霊媒はやたらに建物や金品をほしがるということ。
 昭和二十七年の夏のことであった。東京の某洋裁学院の院長さんがみえての談話に、友人の勧めで龍神さまがかかるという人を中心とする会に入ったが、どうも腑に落ちないことがある、品川の著名な女学校の校長さんの某女史もこの会に入っていて、最近この人の家屋敷を龍神さまへ提供するように(つづく)
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行動文化(184) ウッディガスリー 

小生出不精。海外はむろん、上野から北へ行ったことがなく、また行きたいと思ったこともない。が、最近、心を動かされている歌がある。

水の流れに花弁を そっと浮かべて泣いたひと 
わすれな草にかえらぬ恋を 思い出させる信濃の旅よ 
  あすはいずこか浮き雲の 煙たなびく浅間山 呼べどはるかに都は遠く 秋の風立つすすきの道を ひとりたどれば草笛の 音色かなしき千曲川 
   寄するさざ波 暮れゆく岸に 里の灯ともる信濃の旅よ 
                       (千曲川 山口洋子 詩)
 これをいま歌っている。声には出さない。黙唱。こんな歌い方があるかどうか知らないが、ハタ迷惑ではないし、どこででも歌っていられる。歩きながらでも、寝ていてでも。黙唱の要領は呪文で覚えたのだが、たとえば遭難死の仲間の慰霊祭などでの「黙想」とは古来、この黙唱なのである。声に出すと呼吸でとぎれる。だが黙唱にはこれがない。呼吸に関係なく続けられる。たぶん一日中でも。今宵、ひとつ覚えた。地響きのするような超低音での黙唱の効果。無用な感傷が去る。やってごろうじませ。
 出不精の小生のことだ。とくに行ってみたいところはないが、信州だけはべつ。鎌倉円覚寺以来の盟友伊藤真愚の本拠地。小生の青春は彼等とともにあった。つまり小生にとって「千曲川」とは盟友伊藤。愚直の男。寄するさざ波、暮れゆく岸に、里の灯ともる信濃の旅よ つまり千曲川とは小生にとっての胸キュン。うふ。オトメチック? 左様。これが超低音で消えた
 小生このごろ無聊。ほとんど生まれたついでに生きている。そこへボブディランの「風に吹かれて」。こんな声で歌う奴がいた。いっちゃあ悪いが日本の野郎どもの歌い方は変態野郎の泣きごと。そのB・ディランの師匠ウディガスリーの歌を夜中に聴いた。はっきりいってディランより小生の好み。
なぜ日本男児は泣き虫に? 井上陽水の「いっそセレナーデ」も泣き節だが、この場合は小生も泣き虫の本性にもどる。つまり小生の中には面癖の悪い皮肉屋がおり、育ちきらない十六のワルガキも同居している。草笛の音色かなしき千曲川の、暮れなずむ岸辺の里の灯――ええい! 泣くんなら泣いちまえ、ガキのころのように。わるいか。
 
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行動文化(183) 幽霊 2 

(前回よりつづく) 以上のほかに、不自然死には死の転機に際して人霊がなにか強烈な怨恨か執着をもった記憶意思の粒子をそのまま抱いて脱出する場合がある。この場合の脱出霊体は電性意識がその主導体になっているから、重量が自然死の場合よりも重い。ためにかなりの期間接地層に滞留する。その滞留中に宇宙意識力の刺激を受け、再び凝集度を高め次第に霊体の浄化機能を失い、そのまま凝集運動を続けることになる。かくてこの霊体は岩や雨戸などの遮蔽物か、または空気密度の異常層に往々その幽体を現す。この幽体は自分が執着したり恨んだりしている相手の意識にのみ浸透するから相手の感官へのみ感ぜられるもので、無関係の者の感官には映らない。
 この霊体が世に幽霊と称せられるもので、この現象は執着、怨恨などの電性意識力の作用による。
 またこの種の不自然死による脱出霊体は、接地層滞留中に動物霊にとり憑かれることがあり、そうなると人間の高級な意識物質で動物霊の凝集度を高めてしまって知性の低い霊媒屋などに利用され、人間社会に少なからぬ害毒を流すことになる。こうなると座霊に達する時期はいよいよ遅れ、世にいう宙に迷うて浮かばれない状態に陥る。生前に電性意識を増長させることは、死後にはこんな不幸をみなければならない。およそ電性意識の異常興奮――言い換えれば一切の罪悪の根源をなす我執や偏見は、理性意識の昂揚によって生前にこれを清算しておく必要のある事がわかる。  
 憤怒、憎悪、嫉妬、羨望、不安恐怖、誹謗中傷、煩悶、憂愁
 電性意識の異常興奮は霊界において以上のような不幸を招くだけでなく、今生に置いても大きな不幸をひき起こす。憤怒、憎悪、嫉妬、羨望、不安恐怖、嫉妬羨望、憂愁、煩悶など、これら一切の自己防衛意識は我心――つまり電性意識の異常興奮で理性意識の操作力が及ばないほどそれが強烈である場合は、固体の全筋層に長時間の緊縛状態を生じ、そのために血管や細胞は異常な刺激を受けて血流に支障をきたし、鬱血や混濁を起こすと同時に他面これを調整しようとする宇宙意識力の異常浸透の現象が起こり、固体の局所に発熱、細胞の崩壊、血液の酸化現象をきたし、固体内に毒素の発生を見るに至る。そしてその毒素はさらに細胞の急速な衰滅に拍車をかけ、固体は崩壊の危機にさらされてしまう。

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行動文化(182) 幽霊 1 

(前号につづく) ところが無自覚な者は我心(電性意識)の跳梁によってこの高度な理性力の滲透を遮断してしまう。
 我々がもし我心(電性意識)を野放しにせず、たとえば無心に仕事に集中している時、いつもは考え及びもしないことを思いつき、できるはずもない仕事をやってのけるのは、無自覚のうちにこの活動神ま浸透を受けこれと一体になっているからである。
 
 「死」とは、新しい生
 「死」とは人としての消滅ではない。
 宇宙体霊(人霊)が必要な地上での学習を卒業して、活動神として事故を完成させるための、宇宙界への新しい誕生である。
 地上での学習とはなにか。一言でいえば「不如意」、つまり「恐怖」や「悲嘆」の体験なのだが、では恐怖や悲嘆を味わえば我々は何を学びとれるのか。感情衝動(電性意識)の制御と、理知(理性意識)の昂揚である。理性意識が昂揚するとどんなよい事があるのか? 身が軽くなる。空間の飛翔や次元の上昇が可能になる。電性意識の卒業とは天台密教の忘己利他と同質の「利他愛」の体得と同じことだが、これを天・地・人の垂直軸で考えると解りやすい。電性意識は地獄への道。理性意識は天国への道。

 電性意識跳梁の弊害
 以上は自然死の場合だが、では事故死や急病の場合はどういうことになるのか。自然死では宇宙意識とつねに交流している人霊(宇宙体霊)は昇天に必用なものを吸収して固体から離脱するが、不自然死の場合は昇天に必用なものをみんな集める時間的な余裕がなく、残余の意識はついに主意識と分離してしまい、固体の全死をまって遅れて離脱することになる。
 新しい戦場や、がけ崩れ、列車事故が起きて死人が出た場所などに迷霊がさまようというのはこの分裂霊の滞留現象をさしている。草木を伐って活け花につかい、接ぎ木などで樹木の部分的な生命を維持する技術とは霊の分裂現象を応用したものだが、しかしこれらの場合の分裂霊もやがて宇宙界では集霊を全うして復元するのであって、自然死の場合よりも座霊に達するまでの期間が延長するだけのことである。  ※近刊案内 『武士道と武道(英文)』  『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『垂直思考』――思想家野中日文の筆業の総決算  『美術カレンダー (部数限定)』――剣者野中の筆のすさび    
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行動文化(181) 「死」とは 

簡単に言うと、「死」とは耐用年数の尽きた物質の部分と不滅な霊魂との分離である。この霊魂とは人の場合、知性的な部分が約六割、のこる約四割が感情衝動の電性意識。この二つは母体から受け継いだものだが、これに、常時固体活動を調整している宇宙意識が誕生時に加わる。
 さて、肉体の耐用年数が尽きると人霊(宇宙体霊)は独立して肉体を離れるが、離れる時に固体の有機無機の両体から意識物質を吸収し、さらに脳電質に蓄積されている記憶意識粒をも吸収して、宇宙意識との交流を保ちつつ上昇――しようとするのだが、人霊とはいっても大地の物質群との関与で重くなっているから自由に上昇できない。(※つまり霊にも体重がある。なるほど、空を飛ぶ夢はみるが、山を越すのにも苦労する。久米仙も洗濯女の脚に気をとられて落ちた) 不純意識物質との結合は霊体の凝集力をそれほどまでに弱めてしまっている。
身を軽くするには、しばらく宇宙意識力の緩やかな接地層に浮遊して意識を浄化しなければならない。浮遊しながら宇宙意識との交流をはじめ(結果的にそうなる)、徐々にその浸透吸引作用を受けて自分でもこれに呼応し、吸引と排斥運動を続けつつ不純意識物質の分離活動を行ない、その分離浄化が進むにつれて次第に軽くなって上昇していく。そして完全に浄化されるに及んでついには一定の高位に復帰し、宇宙霊体群の大中枢内に投ずる。かくて人霊は、あるものは宇宙より出て宇宙へ復帰するのである。

 座霊 宇宙に復帰した人霊は「座霊」と称し、宇宙霊体群の中でさらに進化を続け、あるものは活動神として人界に働きかけ、そうでないものは静坐神として非活動域内で天界を遊行して永劫の安らぎに浸る。活動域内に投じた人霊(活動神)は、人が「放我」の状態で理性活動を行なっている時、人間の個体に浸透して自分の経験智を蓄積する。
こうした固体浸透をくり返すことによって活動神はあらゆる知識を吸収してゆく。と同時に宇宙の万物に作用し、地球上の全生物へも浸透してこれらを慈育する。なかでも人へ作用するときはまず各界の指導者層へ浸透してその理性意識との同調を行ない、その人々の仕事をたすけ、人類の幸福と進化発展に寄与する。

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