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行動文化(72)  活人剣「無事故武道」(8) 

無審判制度(無検証試合) 武道界に、なぜ「審判」を置くのか? ずっと釈然としないものを感じていた 史実を調べていてこの疑念は氷解した 果たせるかな一時期とはいえ、わが国の剣道界にはかつて、無審判制度は存在した 高段位者の試合と、東京帝国大学(東大)系の剣道にこれがあった 
高段者の試合の場合は、教士号保持者以上の模範試合である この場合は「立会人」はつくが表側だけで裏にはつかない 双方抜き合わせて気の満つるを見て、紋服に威儀を正した立会人が白扇を直して床に正座、「拝見」と声をかける  
そして、およそ三太刀の勝負が決したとみて、「よろしゅうございます それまで」と声をかけて試合を終える その間、勝負の判定はいっさい行なわない
 学生剣道では、大正十年発足の東大と京大の定期戦の初期に一時期これを行なっている 「審判」を試合者への非礼と感じる武道人が、やはり武道界の先人方の中にいた この事実を知ったとき、安堵の思いと同時に武道界の現状が思われて、ある種の悲しみを覚えた
 
 剣道界に訣別した第一高等学校剣道部
「無審判」には、武道と競技スポーツのいずれをとるかという根本的な問題がかかわってくる この問題を放置していながら「伝統文化」はなかろう 
そもそも武道の試合とは何なのか? それをスポーツと認識しているというのなら、それもよかろう しかしそれなら「竹刀競技」と呼べ 
 小生も武道人の一人 義務教育への「武道必修」に対しては、期待こそあれ異は唱えない 子供たちは未来を託する国の宝 官民力を合わせて強く賢く育て上げなければならない だが、ものには順序がある 「武道」と呼ぶからには「武」の文字と「道」の文字に、もっとこだわりを持て
学校に武道を持ち込むには必須の条件がある 「文」をそなえた武道でなければならない 審判員に勝負判定をあずけ、スポーツ団体である体協の傘の下に入ることを、恥知らずにも「名誉」かなにかのように思い、本来はテストにすぎぬ試合の成績を最終目的にしてしまうのは「文」なき武 学校武道にはふさわしくない
 東大剣道部の濫觴である第一高等学校撃剣部は、剣道の試合が本来の目的から逸脱して次第に優勝旗争奪のらちもないイベント、すなわち野球と同列の競技スポーツと化してゆくことに絶望して、無検証試合の主唱後まもなく剣道界に訣別している いかにも惜しく、かつ悲しいことだが、記者にはこの訣別が日本武道の終焉であっように思えるのである 清冽な日本武道の泉よ よし涸れよ、濁らんよりは 似もつかぬ競技スポーツとなり果てるよりは――▲▲
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