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行動文化 (63)  自由 

 自由とは「自分勝手」ということである 自分勝手とは「放縦」ということである

この解釈でよろしい この解釈でなんの問題もない というよりも、こう解釈しておくのでないとゆるぎなき主体性は育たぬ


「自由」はよいが、勝手気ままはいかん 責任を忘れない自由はよいが「放縦」はいかん いかんものはいかん――うるさい ちょっと黙っとれ


差し出がましいんだよお前さん 口の利き方に気をつけたほうがいい


手錠つきの囚人の散歩じゃあるまいし、そんな事ぐらい自律できるように育てるのが人を育てる「教育」ということじゃないのか


お前さん近思録を読んだか? 宋代の論語と呼ばれる朱子学の教科書だ


――その様子では読んでないな 自由とフリーダムの違いぐらい小学校で覚えとけ ところがその小学校でだ いま英語に力を入れている 


順序が逆だ まず国語だよ


英語はアングロサクソンの言葉だ 彼等は英語でものを感じ、考え、動く 我々は日本語でものを感じ、かつ考え、行動し、結果を出すのだ どの民族の


場合も、国語とはただの道具ではない 民族の魂 さればこそ、わが国では短歌を「ことたま(言魂)のまことの道」と呼んできた 


過去には侵略戦争で世界制覇を企てたとされる日本人だが、これは買いかぶ


りである 事実に反する 日本人はそれほどタフではない 皇室の歌会はじめで新年を迎える、線の細い、みやびな人種なのだ 腕づくの欧米のアジア支配に反抗したのは当然だが、しかし戦争向きにはできていない アメリカに最後通牒ハルノ―トをつきつけられて、怯えた 怯えて真珠湾につっこんだ アメリカは「しめた!」と喜んだ 勝ち目のない戦争をはじめ、国を滅ぼした


「彼を知り我を知る」は勝負の鉄則 英語を学ぶなとはいわないが、我々は英


語よりも、繊細で陰影に富み格調のある日本語が先ではないのか 短歌だ 


――癇癪(カンシャク)で筆が流れた 「自由」の話だった 自由、という言葉


の出典は朱子学である みずか()らによ()ると読む 自主性、自律の謂いである フリーダムじゃないぜ 囚人じゃあるまいし いうならフリーダムよりも、リバティかマイウェイだろう 五十年前の、北鎌倉の円覚寺の夏期講座を思い出した 鈴木大拙の「自由」についての講話があった 何々からの自由という自由理解を「囚人の自由だ」と指摘した 鈴木大拙は欧米へ禅を紹介した人だが、戦後民主主義批判の舌鋒で「平等」にも言及した 平等とは総論 平等の各論とは差別である その次元差の見えないのが水平思考 言い換えれば単細胞 餌しか見えないサル―― おっと、またカンシャク 今夜はここまで

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