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 行動文化 号外(1) 「ケガゼロ武道」を学校へ 

 トレーナーを着たゴリラを育てないために 

ケガはゼロにできる 学校には武道場など、ないほうがよい


 中学12年生の授業で来年度から「武道」が必修科目になる 危ない


 名古屋大学の内田良準教授の調査によれば、学校武道で1983年以降114件の死亡事故が発生している 最近では体育の授業中のケガで1640万円の損害賠償を命ずる判決が722日に出た


保護者たちによる「全国柔道事故被害者の会」という組織ができている 学校としては国の方針とあれば従うしかないのだろうが、親たちとしては子供にケガをさせたのでは育てたことにはならない 学校も預かっている子供たちに事故がおきたら、詫びてすむことではない いじめ事故に加えて武道の授業中の事故まで背負い込むことになるわけだから校長さんたちも気は重いはずだ 


 ケガをさせないように指導しろと国はいうが、小生は子供のころからの武道人生である 武道にケガはつきもの、とくに柔道はそうだ 小生、打ち身、捻挫、脱臼、骨折、腰椎の損傷その他で満身創痍の体である 死亡事故以外はみんな体験している そもそも「柔道整復師」という仕事は、ケガが不可避だからこそ成り立つ商売なのだ ではどうするか?


 学校武道の目的とは、優秀な選手を育てることでもなければ、武道各団体の底辺をひろげる事でもない 武道の訓練で少年たちに過酷な時代を生き抜いてゆく力を身につけさせる事のはずだ 


 「文」を離れない武 「武」を離れない文を


 武道とスポーツの境目がはっきりしない時代である 日本武道の原点にもどって考えてみよう 剣術と礼儀は「用心」の裏と表なのだという意見がある 幕末、平戸藩の松浦静山(心形刀流の剣の達人)の言葉である この人はただの剣道屋でもお作法の先生でもなかった 逼迫していた平戸藩の財政をみごとに立て直した有能な政治家 この人が現代の子供たちに剣を教えるとしたら、どんな剣を教えるか? それはハッキリしている 「行動学」に置き換えた剣を教えるにきまっている 「文」を離れない武道の行動学を そうでなかったら松浦静山ではない 平成の学校に武道場など無用 あるからこそ死傷事故が起きる なければ稽古中の事故の起きようがない 武道の行動学? なんだそれは そんなものがあるのか? ある 小生が作った さっきから云っている 「用心」がそれだよ 感情制御、間づもり、位どり、目付け、機眼、見切り、残心――剣の心得で実人生に役立たぬものなどない


 今こそいう 武道を「行動学」に置き換えれば、ケガはゼロ 本物の武道が学べる 就職活動には有利 まもなく「学校武道指導要録」が書き上がる

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