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行動文化 (51) 小著『「バカの壁」に異議あり』が流通を妨害されている理由(6) 

すべては蓋然性の問題か?


『バカの壁』のP・28にそうある 


「すべては」と簡単に一括する 言葉尻をとらえて難癖をつけるようだが、立場上用語を問題にしないわけにはいかない すべては、とは「例外なく」ということだが、こんな不用意で多寡をくくったような言い方が、著者への不快感と、「確かな事は一つもないのか?」という無用な不安感や不信感の原因になっているのだと思う 


我々の日常には蓋然的な認識でよい場面もあるのは事実だが、確実で絶対的な認識と納得でなければならぬ場面もある それは科学者たちの世界の推論でこと足りるようなものではない 感性感情の深みにまで達した、骨髄に徹した納得でないとどうにもならぬ場面があるのだ  


社会生活上の「信義」の問題も人の全人格がかかる場面なのであって、我々の言動には常に責任と覚悟が要求されるのである 生き死にの問題だけでなく日常行動も、政治も、ビジネスも、すべてこれだ 「すべては蓋然性の問題」で片付けられる気楽さは、「反証されうる」、「推論」だけを取り扱っていればよい科学者たちの世界の話ならばともあれ行動論としては無責任すぎる、


 


「それじゃあ何も当てにならないじゃないか」というのは乱暴な話で、まったく科学的ではない (P・27)


おかしな言い方だ 科学的でなければならぬ理由など、どこにもない 科学的な視点や手法とは、数ある視点や手法の一つにすぎない 「科学的でない」という批判は科学者たちの世界での論争の場合に限られた方がよろしい この著者の発言の不用意さ、ペンをとる者の態度ではない 


 


確実なことなんか何一つ無いなどとは言っていない (P・27)


この本の論述を見るかぎり、そう言っているとしか思えない 人生の問題には正解はなく、とりあえずの答えしかないと明記されている その「とりあえずの答え」が出てくる思考経路が問題なのだが、「科学的思考」以外にはそれに相当する文言はどこにもなく、その科学的な態度自体もまたイデオロギーではないというのが著者の主張なのだ 著者の掲げる「常識」なるものも著者の場合、本人にしか通用しない生理的個性論であったり、「信義」や「節操」を視野に入れない人間流転論であったりするのだ 発言責任を問える執筆者ではない

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