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行動文化(3) 郷愿(いなか紳士)と洒脱 

 郷愿は徳の賊なり(論語) 


 「偽悪」をシティ派のテレ隠しとすれば、偽善を論語では「郷愿」と命名し、「徳の賊」と罵倒している ほめられ者になろうとしている「オリコウサン」の田舎紳士のことである 友人としては中庸の士が理想だが、いないなら、せめて気宇壮大で行動が伴わない「狂」か、あるいは付き合いの悪いヘソ曲がりの潔癖漢「狷」を択べ まちがっても郷愿の徒を友とするな 上辺だけをつくろっているニセ紳士 徳の賊だぞ―― 


 なるほど、と思うが、じつは、これは実際には悩ましい問題なのだ 


 孔子も孟子も偽善を嫌う だから狷の「潔癖」や、狂の「意気」を推奨するわけだが、そうは言っても「狷」も「狂」も成長の過程で学人がみせる、過渡的な色合いと感触にすぎない そこを間違うと度し難い「居直り」になる 成長停止 あとは退化のみ 人は知的好奇心を失ったらそれまで


 孔子や孟子は偽善を嫌悪するが、性悪説の荀子は、偽善を推奨する 


荀子のいう偽善とは「善への努力」 子供たちは、目標を高いところに置いて、背伸びをしながら育つ 偽善の偽とは「人為」、つまり善への努力のことなのだ 荀子はここを見据えている 王道よりも、まず覇道


 シティ派の「偽悪」や「露悪」は、テレかくしの擬態である 朱子学が嫌う郷愿の徒とは、テレもハニカミも持ちあわせない鈍感な鉄面皮 徳の賊とは本物の君子に紛らわしいからだが、紛らわしくはない 嫉妬心が強く、「勲章」をほしがり、銅像を建てたがるからすぐわかる どこにでもいる 




 一杯受けてくれ 


 黒沢作品の「七人の侍」の翻案西部劇「荒野の七人」 ユル・ブリンナ―が酒場で腕利きのガンマンを物色、カウンターの隅に屈強な男がいる すこし離れた位置から、ウイスキーのグラスを「一杯うけてくれ」と、カウンターの上をツーッと滑らせて贈る 男が、ジロリとブリンナ―を見る 相手に不足はない「よかろう」と応じた 汗と埃と煙硝の匂いのする男たちが見せる、プライドと、敬意と、意外なデリカシー 暑苦しくなく、ラフで、しかもツボをはずさない「一杯うけてくれ」という、洒脱と謙譲とを兼備した、簡潔な漢文体のあいさつのカッコ良さ―― 高校を終えて南九州から上京したばかりの小生、このシーンにしびれた 「一杯飲まないか」なら無視 「おい、一杯おごろう」では、「乞食じゃねえ!」 かといって、腰に拳銃を吊った男の「一杯飲んで戴けません?」は、気持ち悪いオカマ野郎 横っ跳びに逃げる 「一杯受けてくれ」は「頼み」だ これを受けなかったら男がすたる それで「いいだろう」となる 「これがアイサツというものだ!」と思った 19歳の記憶 ▲▲

 
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