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 行動文化 (震災1) 天災と人災 

 まだ人類は「原子力」を使いこなせない

 この寒空に、原発から20キロ以内の住民は夜具をかかえて避難せよという


 地震は不可抗力の「天災」だが、原発の放射能拡散は「天罰」である


建設にあたっては、口をきわめて「安全」を力説した


原発の企画立案者も、また支援した言論人も、どう責任をとるのか? 彼らがこれからどう動くか、よく見ていようではないか


学校教育について、思うことがある


支那事変を引き起こし、退き際をあやまり、勝算もないのに米英と事をかまえて国を滅ぼしたのは、国が教育を施した秀才たちである


 原発を立案したのも、これにGOサインを出したのも、みんな国が育てたエリートだが、彼らに共通した特技が三つある それは何か? 


(1)、自己弁護 (2)、責任転嫁 (3)、逃げ足が速い 以上の三つ これが学校教育の成果である 思えば、敗戦のあとの教科書墨塗りに教師として後ろめたい思いをした教師たちは少なくなかったが、しかし「自決」という責任の取り方をした教師は、ただ一人だった 自決しろとは言わない 無責任を思う


 我々はまだ原子力は使いこなせない 身丈に合った生き方があるはずだ 都市集中を避けて地方に分散し、森を育て、土も水も空気も汚さず、小動物たちと自然の懐に抱かれて共存する暮らしを思う 汚すな、壊すな、逃げるな 我々の地球だ 空気や飲み水を買う暮らしが豊かな暮らしといえるのか?


 


「統率術」というもの


 いまふうに言えばリーダーシップのことである 一時期、「帝王学」という言葉がはやったことがある 内容はまあ同じものだが、これに大きく分けて東と西の違いがある 西側では統率とは権力による支配と服従を意味し、東側では信任に対する忠節を統率と呼ぶ


戦前、「国体明徴」という言葉があった 国体明徴論者とは伝統文化を擁護する民権論者、議席では左翼に対する右翼、国政は力ずくの支配ではなく民意を重んずる王道を旨とした 「王道」がまた見えにくくなっているが、これはキングズロードではない 覇権思想に対する王道思想である 源流は孟子 孟子によれば、一番エライのは民、その次が社稷、いちばん下にいて民百姓と社稷を護るのが王 もし民を安んじない王がいたら、それは帝王でも何でもなく一介の下郎にすぎない 放逐しても弑逆にはあたらないとする これは「信任には忠節、支配にはクーデター」という一種の革命思想であって、徳川政権の権力奪取も、明治維新も、理論武装に使われたのはこの王道論である

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