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行動文化(35)小著『「バカの壁」に異議あり』が 流通を妨害されている理由 その3 

 小著『「バカの壁」に異議あり』が

流通を妨害されている理由 その3


 


 生理学者のピンボケ「文武両道」論


「知行合一」へのピンボケ論考につづいて、つぎのような奇妙な文武両道論が展開されている 「文」とも「武」とも無関係の生理学者が文武を語るとこうなる ――これが「文武両道」の本当の意味ではないか。文と武という別のものが並列していて、両方に習熟すべし、ということではない。両方がグルグル回らなくては意味がない。学んだことと行動とが互いに影響しあわなくてはいけない、ということだと思います。(P、95)  


前章の「脳内の自給自足」の話は専門家の意見として興味深く、文句なしに面白く読めたが、畑がちがうとこうなる 「よせばいいのに」の実例


並列であるか直列であるかは別として、「文」と「武」とはまったく別の分野である はっきり区別されていないと「両道」とはいえない


そもそも文武両道は「知行合一」を論ずる場に持ち出すべき問題ではない アタマの中でグルグル回っていては文も武も習熟のしようがないではないか 著者の頭の中ではいったい、「文」と「武」とはどう区別されているのか?


知ったことが出力されてこそ文武両道だと著者はいう 冗談ではない 「やさ


しい男」を装えば結婚詐欺はうまくゆくと「知」って行動に移せばそれが「文武両道」か? 素人の一知半解をからかうジョークとしてなら使えるだろう


 


外務省攻撃に示されている著者の「文」の素養


「知」は認識面からの把握、「行」は具体行動だが、文と武とは、それとはまた次元も場面もちがう、それぞれ別の分野での「知」と「行」の仕事である 文と武とは入力と出力の関係ではない 一般論を離れた、もっと具体的な、ペンをとるか剣をとるかという出力の向かう方向の違いである


優れた臨床医が病院経営にも辣腕をふるっているような場合なら「文武両道だな」としゃれてみるのもよかろう 「からかうなよ」ですむ だが文人としての素養と武人としての鍛錬の両道をさすのだという「文武両道」の常識を否定して、「知った事を行動にうつす事が文武両道の本来の意味だ」と生理学者に主張されて首を傾げない者がいるだろうか? そんなことを言い出すのは「文」のない人間である この著者、文武両道の文脈で外務省攻撃を敢行している 「いっそのこと外務省は宮内庁と一緒にしてしまって、「儀典庁」として儀式だけやっていればいい ――テーブルマナーとかそういうことだけきちんとしていればすむでしょう。ただし、そういう奴らが大きな顔をする必要は無い」(P、106) この著者の「文武両道」論の「文」とはつまり、このレベルのものだ

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