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行動文化 (25)  武道と礼節 

 礼とは単なる慣習でもキマリでもない 記者が『武道の礼儀作法』を執筆した動機は、「礼に始まり礼に終わる」といわれる日本武道界に礼書が一冊もないというウソのような事実を知ったことである 武道の礼を説く資格が自分にあるかどうかを言っていられなくなった 柏樹社から初版を出したときに合気道二代道主から戴いた、小著の紹介文がある 次のようなものである

 


礼の原点を振り返る  合気道(二代)道主 植芝吉祥丸


道友野中日文さんが、この度『武道の礼儀作法』なる一書を著された。私にとって同君の著書は、二冊目であるが誠に分かりやすく坦々と書かれてあることに、非常な親しみを覚える。


昔、礼節の国と称せられ他国からも尊敬された日本は、今や礼を忘れた心なき集団とも言える状態である。然も、日本武道を修行しておられる人々の中にさえ礼に対する乱れは目に余るものを感じる。


日本民族最高の道徳律は、その第一歩を一身からにじみ出る礼節の法として、武道の中で大きく育てられ確立されてきたと言われている。従って礼を失った日本の武道は、空洞化された瓦礫に等しいと言われても致し方がない。正に私ともども武道人一層の奮起が望まれる昨今である。


そうした時に、野中日文さんによりこの書が出版された事は誠に時宜に適した意義深き快挙といえる。


この際、武道修行の心ともいわれる礼の原点を振り返る機会ともしながら、武道界と言わず広く、各方面の方々のご一読をおすすめする次第である。 


     ―――――――――――――――――――――


以上 いま合気道の主は三代目だが、記者に執筆を決意させた直接の動機は、宮崎で開催された日本武道全国大会(人間文化財の諸先生方も参加)での、床に投げ出してある木剣や棒杖をつま先ではねのけたり踏みつけたりして出場する武道人たちの姿である 記者、この時はさすがに天を仰いだ 発刊のあと合気道二代道主から戴いたのが上掲の推薦文 約100冊を全国の武道団体に「失礼とは存じますが、どうぞご清鑑を賜りますように」と趣意書を添えて拝呈した


答礼は、合気道界をふくめて6人を出なかった ほかはナシのつぶて 相手がよく見えていなかった 小著の内容については、手前みそになるがアマゾンのカスタマレビューの五つ星の評価とともに、市村翠雨氏(東京)の、「武道人は、礼をいわばルーチン化した習慣、あるいは観念論として扱っている事が多い――著者は礼を一つの行動科学として扱い、それが「術」として成立する事を論考」云々と、まことに簡にして正鵠を射た書評が出ている ▲▲ 

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