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行動文化 (23)  それでも地球は動かない 

 「科学教」という新しい信仰 

新しい神「科学大明神」 進歩すればするほど、人に不安をもたらしたもう神 


その御託宣が、天動説に代わって登場した「地動説」 現代の迷信をさますために、ホントの事を書く 科学とは神ではない 我々の使用人にすぎない 


 地球――おっと、地球ではない、大地は、いまだかつて動いたことはありません 太陽は昔も今も東から昇ってきて、西へ沈む 尊いご神体として信仰を集めている紀州は那智の大瀧も、ヤタガラスが神武天皇を案内して国が定まってこの方、滝壺から天に向かって水が流れ上がったことは一度もない


記者が地球などというボールに乗っかって、コマみたいにグルグル回転しながら太陽の周囲を回っている? 冗談ではない そんな覚えはない 日輪が東海から出て西山に沈むのは毎日見ているが、小生はここを一歩も動いたことはありません これは本人が言うのだからまちがいない 


日輪の大きさとは――左様、直系およそ三十センチほどの光と熱の玉である


そう断定する根拠は、朝の太陽は、小生の書斎の窓から見えるオニグルミの枝の、ちょうどそれほどの隙間に、ぴったりとおさまる 小生の日課は、これを眺めながら悠然と朝の茶を飲むことから始まる 小生の許しもなく、身勝手な「天動説」でこの手順を壊すとは失敬百万、不埒千万 夕刻の月にしても同じこと 月とは小生にとって、夜の谷間の竹藪から窓越しに酒の相手をしてくれる、気のおけない友である 月までの距離よりも、隣家の方がよほど遠い


 


人生に「目的」など無用


我々は何のために生きているのか? 


知らぬが仏ともいう ガラにない事は考えない方が身のためだが、しかし江戸小話に次のようなのがある


ある冬の夜、寝ていた男が尿意を覚えて眼が覚めた 外へ出て用を足したいが、雨戸が凍りついて動かない ふと思いついて、小をかけて板戸をゆすり、また少しかけては動かし、苦労の末ようやく戸をあけて外へ出たが――はて、何の用もなし


この男、目的を手段として使い果たしてしまったのだ 「はて、――なんの用もなし」が笑わせる 


人を「勝ち組」と「負け組」に分ける価値観は貧しい 人の命の重さは地球の重さに等しい 無事これ貴人 無用に自分を卑しめるな 何もする事がなければ遊んでいたらよい ▲▲

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