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行動文化 (20) 人はみんな完成品 

 教育基本法は、「人格の完成」を目的としている

ひとつ伺いたい 「完成した人格」とはどういう人格をさすのか? また何を基準に「完成」と「未完成」とを区別するのか?


学校教育の場では優等生と劣等生とを峻別するが、評価の基準はペーパーテストである 部分的な思考力は試されるだろうが、しかしこれだけで「人格の完成」を目標として掲げる先生方、少々、面映いのでは?


視点は人さまざま、いろいろある 


小生のみるところ、人はみんな完成品である 立派な人間もダメ男も区別するなという事ではない 


人とはそれぞれに社会人としての完成度や本人の都合とは無関係に、一個の宇宙現象なのである つまり「自分大好き」のウヌボレ屋は、「自分大好きのウヌボレ屋」として出来上がった一個の完成品、コネ入学を許す教育長とは「コネ教育長」という完成品である してみると、なまじ「完成」するよりも未完成のままでいた方がマシという結論にもなるが、それはまた「未完成人」という、一種の天体、つまり星 酔っぱらいは「酔っぱらい」として出来上がった完成品 その証拠に、酔っぱらうことを「できあがる」というではないか もっともこんな事を覚えてみたって一文にもなりはしないが


 


ヤクザは「乞食」より下、「ドロボー」より上


インテリやくざと呼ばれた侠客の言葉である 「借りたカネは返すな」などという本を書いたり出版したりする連中よりも、さすがによく自分を見きわめている 人が何を仕事として生きているかについては、他人には判らないそれぞれの都合や事情があっての事なのであって口のきき方には気をつけなければならないが、評論、創作文藝を問わず、物書きとはペンを道具として使う文藝の徒、書きあげた原稿とは商品である 当然、商品としての値踏みはされる 


されるが、しかしこれは物書きにとっては最低の拠点でもある 歌手たちにとっても基本的には同じことだろう 歌手にとって歌とは自己主張である以前に、顧客にとっては商品なのだという事を忘れない方がいい


小林秀雄という論客がいた この小林さんのところへ「原水禁運動」なるものに関わっていると称する青年が面会を求め、寄付を要求した 小林さんが断ると、「先生は原水禁運動についてどんな意見をお持ちなんですか?」と居直った すると小林さん、「小僧 おれは意見を売って食っている人間だよ おれの意見が聴きたかったらカネを出せ」 いかにも小林さんらしい、凄味のある返答ぶりだ この青年とは腰のすわり方がちがう 勝負にならない ▲▲

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