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行動文化(178) 宇宙とは 

我々が「宇宙」と呼んでいる無数の星を浮かべ、無窮の広がりを見せる世界とは、いったいいつ、どこからどんなふうに始まったのか?
なにもなかった? 考え方の順序としてはそういえなくもない。だが何もない世界に物質が出現したのは、幾他の太陽系や星群が生まれて地球その他の星にも生物が生まれたと考えられるのであるから、「何もなかった」状態とはあくまでも考え方としての順序にすぎないのであって、実際にはそんな状態はあり得ない。そこにはやはり物質を生みだす何らかの力があったと考えなければならないが、この根源の力が物質を生みだしたのであるから、これは物質の母体ともよぶべきもの。この物質母体から生み出された物質は、現代の自然科学が証明する限りにおいては電磁体であるから、この物質母体もまた電磁力をおびたものでなければならない。しかしこれが「人」という精妙極まりない意識活動体にまで発展したのであるから、それは単に電磁力しかもたないものではなく生物意識の根源力ともいうべき「意識の原始体」ともみなければならない。

意体 物質面からは物質の母体。また意識面からは意識の母体。これをどう呼ぶか。意識か物質かのいずれか一方へ偏することは妥当ではない。ひとまずこれを「意体」と仮称しておく。
この意体の内容すなわち本質はむろん陰と陽との両面を持つ「意」。意の主導によって意体の内部に「内力(内から外へ向かう力)」と「把力(外のものを内に引き捉えようとする力)」の二つの力が生まれ、この力が極限にまで達した時、意たちは猛烈な自己分裂を起こし、ここに電気を帯びた微粒子が新しく誕生する。この分裂作用がくり返されてやがて分裂の限界点に達するのだが、原子の最微分化された最小単位を、ここではかりに「意子」としておく。
この意子は電体としての意子の分裂したものであるから、当然未熟な電気をおびていなければならない。この意子の誕生によって意体はその原形を失い全面的に意子へと分裂したのであるから、意子の発生は意体の転生といえる。
今日の物質が概念からいえば何らの制約も限界もなかった物質母体ともいうべき意体よりも、この意子をさして物質の創始原体と呼んだほうが適切である。

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