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行動文化 (167)  花鳥風月 

いきがったいい方になるが、師を超えるということは淋しい。
まあ、育てた側としては満足ではあろう。相撲では師を投げたら一人前という。武道の場合も同じ事だが、しかし何の道であれ、すくなくとも道の世界に身をおいている者には、弟子に追い越されたことを素直に喜べる者などいないのではないか。
血縁の親子の場合はちがう。やれやれ、これで楽隠居ができるとまあ大抵の親がそう思うし、世間もそうみる。
むろん、自分を凌ぐ門人を育て得なかった師にも淋しさはあるが、そうはいっても出藍の門人を育て得た者の淋しさには、やはりどこか何物にも代えがたい満足があるのではないか。

ことわっておくが、先輩方のマネを勧めているわけではない。無論むろん粉骨砕身、生涯現役、世に「死に花を咲かせる」というが、斃れてのち已むの精神はおみごと。
だがそれは時としてハタ迷惑でもある。ではどうする?
手はある。どんな手が? されば。「人間廃業」。
具体的には「競争」をやめる。
やめて何をする?
しれたこと。遊ぶしかなかろ。
 人を相手に遊ぶのもよいが、しかし人間相手はやはりどこかしんどい。これは同窓会に出てみればわかる。ほんと、うんざりする。やはりここも競争。
まあ、飲み屋の女を相手にするという手もなくはない。たとえばこんな女。
 ボックス席で、
「あーあ、イケ面のいい客こないかなあ」と、これみよがしの大あくび。
「おれだって客だぜ」 まってました。
「だからこうしてガマンして坐ってんじゃないよ」この女ただ者ではない。

 結局、花鳥風月しかなかろう。むろんバクチもあればケンカもある。が、それも結局アホらしい。以上、諸兄姉のご参考になるかどうか知らないが、老境の一例までに。▲▲
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テーマ: 文明・文化&思想

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