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行動文化 (162)  旗本退屈男 

市川歌右衛門。昔の役者である。当たり役?が「天下御免の向こう疵」がキメ台詞の「旗本退屈男」。
衣装に凝る役者だった。「各々方、ご油断めさるな」と洞窟のなかへ消えるが、出てきた時はもう衣装が変わっていた。まさかと思うがどうも実話らしい。
映画全盛時代の役者。中学生の頃みた。剣豪俳優としてはこの市川歌右衛門のほかには片岡千恵蔵や月形龍之介などがいたが、我々ガキ仲間の間では歌右衛門が剣道何段で誰が何段らしいなどと云い合っては感心していた。剣道をまったく稽古しなかったと云うのではなかろうが――

考えてみれば、人生そのものが壮大な無駄なのである。
今になって思い知ったが、人生とはらちもないひまつぶし。好きな事をして生きたらよい。その中に前回の東方朔の「韜晦」があるわけだが、同じ無駄なら死ぬときに「ああ面白かった」といえるようでありたい。
「わが生に盗なく殺なくありしこと いま思いて憤怒のごとし」
作者は忘れた。大向こうを唸らせた歌だという。
「郷愿」という人格がある。生きていたときには立派な事を云っていたが、棺を覆ってみると結局これといった仕事は何もしていない田舎紳士。どこにでもいる。石を投げれば必ず「郷愿」にあたる。

この「郷愿」よりなんぼかマシなのが「狂」と「狷」。中庸の人物がいなかったらせめてバランスの悪い正直者か、さもなくば意気に行動が伴わない言行不一致の侠気の男を選べ。論語だが。
くり返すが、人生そのものが壮大な無駄なのである。
「韜晦」の話であった。私事にわたるが、小生もう何が食いたい、何が飲みたいはない。酒はいやではないが手に酒杯をもっていさえすれば――満足というのではないが何もないよりはいくらかまし。食事も同様で、乾パンと水があればよい。その乾パンも ――いや、やめておきましょう。
はるけくも来つるものかな。生きていることに厭きているのである。
無聊といえば何やら立派だが、要するにすることがない。はっきりいってこの駄文も、要するに退屈まぎれのひまつぶし。小生としてはこんな駄文でも読んでもらえるのなら勿怪の幸い。すみませんね。

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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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