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行動文化 (154)  青年諸君よ、破壊者であれ 

人とは原理的にも構造的にも一個の小宇宙。
 そんな事はいま小学生でも知っている。小生が掲げている「垂直思考」とは、自然科学の水平思考に対する垂直思考なのであって、かつて日本人がみんなもっていた考え方なのだが、グローバリズムとやらに蔽われていま見えなくなっている。
 だが、失ってしまったわけではない。技術立国の日本とは伝統的な職人技に支えられている国、日本人は達人の境地に入った技術者へは賛辞を惜しまない。
むろん武道もこの中へ入る。
 日本人の魂の遺伝子は「論理」ではなく「感性」。だからすぐ泣く。しかし感激感動型とは純真純情型ということでもある。自然科学には向いていないが、いまだに日本は神の国。朝日や夕日を拝み、先祖壇へは朝夕に柏手をうつ。

 人を基準にとる欧州の水平思考に対して、我々はまだ「天意」や「天命」という垂直思考の言葉をすてきれずにいる。
かつて「太陽族」で名乗りを上げた石原都知事も、今回の東北の災害では「天罰」を持ち出した。リベラル派のペンの人なのだが、たぶんほかには適当な言葉を思いつかなかったのだろう。「テッペン野郎」とも呼ばれるリベラル派で周知のように文句屋でもあるが、テッペンとは天のことのだと小生「太陽族」の一人として彼を弁護しておきたい。
 
いま思うに、青年諸君にはいつも建設的な意見ばかり云っている建設者であるよりも、いっそ破壊者であってもらいたい。
人はトシをとるにつれて考え方がずるく、汚らしくなる。政党であれ法であれ思想であれ、壊して壊せるものはいっそ壊してしてしまった方がよい。
 武士道? そんなものは時代の権力者たちがでっちあげたマニュアルでしかない。そのあたりの事は新渡戸武士道に歴然としている。彼は、自分の命とは主君の御用に立つための道具と思えと云っている。
 新渡戸武士道とは、主人大事の忠犬武士道である。下剋上の戦国時代の武者たちは、人に飼い馴らされることを拒否する狼だった。平成のいま持ち出して意味があるのは、エサで飼い馴らされ、用済みになればあっさり捨てられる忠犬武士道ではない。
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テーマ: 文明・文化&思想

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