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行動文化 (153)  エゴOK 

中学校の武道では「武士道」を教えるという。
たぶん新渡戸武士道でも教えるつもりだろうが、新渡戸武士道とは滅私奉公の忠犬武士道。権力者には好都合だろうが今後の日本のためにはならない。
武士道のルーツは、本音に忠実なエゴOKの戦国武士道である。
今朝のビジネス展望(NHKラジオ) でどこかの大学の先生が、最近の日中関係について「オトナ度」なるものを説いていた。日本も支那ももっとオトナに、という。わからなくはない。が、「オトナ度」だけでは……具体性がほしい。ハッキリ云ってはどうか。もっとソロバンをはじけと。
♪ ひもじさと人恋しさをくらぶれば、恥ずかしながらひもじさが先
支那では「商量」というが、交渉とは要するにかけひき、もうかる話にしか乗らないのはお互いさま。
むろんこれはエゴ。わるいか。個人も国家も本音を犠牲にした交渉など交渉ではない。交渉の生産性を考えるなら、「オトナ度」よりも「本音度」だろう。本音度とはエゴ度のことだが、「エゴOK」はなんだか感じがわるい。だから「本音」を避けて「オトナ度」となったものだろうが、タテマエ論では埒があかないのである。

武道教育の場合、エゴを教えずにいったい何を教えるのか。精神力? 努力と根性? このあたりがいつまでたってもピンボケ、つまり不正直なのである。
総論はもういい。武士道や武道を学校で教えようというのなら、エゴOKの各論部分を教えよう。考えてもみよ。武士道がいつのまにか「滅私奉公」になり、武道が「青少年の健全育成」になってしまったのは、武士道や武道では総論ばかり教えて民主主義の本音を置き去りにしてしまっているからではないのか。民主主義は武士道にはなじまない? そんなこたねえよ。武道こそが本音に忠実な民主主義教育なんだぜ。
青少年を健全に育てようというのなら、エゴにも居場所を用意しなければならない。信なくんば立たず。健全な青少年とは言葉にも行動にもウソのない青少年のはずだ。ちがうか。武士道のルーツはエゴOKの戦国武士道。武道も勝つための心得。政治もまた国家エゴ。エゴに正当な居場所を与えられるのは教育だけだが、その教育までがまたぞろ「オトナ度」などというもっともらしい言葉を持ち出して本音にフタをするのは、たいへんよくない事である。
※近刊案内 『武士道と武道(英文)』 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『美術カレンダー(限定出版)』――剣者野中日文の筆のすさび
              ヘッドライト大阪 (06・6609・9750)
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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