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行動文化 (151) 邵康節 

外れようがないといわれる占いに「梅花心易」がある。
その源流が、洛陽の天津橋にさしかかったときホトトギスの声を聴いただけで王安石の歴史舞台への登場を予言した邵康節。
宋の仁宋の時(1023~1063)、青年邵康節は山林に隠棲し、易の研究に余念がなかった。真冬にも暖をとらず、真夏にも涼をいれず、易書を解きほぐして一枚ずつ壁にはりつけ、寝ても覚めてもこれを睨んで考を練っていたが、ある時そのまままどろんでしまった。そこへネズミが数匹、枕元で騒ぐ。先生カンシャクをおこして陶製の枕を投げつけたが、ネズミは逃げ、あとに壊れた枕が残った。
?、破片の内側に何やら書いてある。読むと、「この枕の命数は卯の年の四月十四日の己の刻(午前十時)に尽き、ネズミをみて割れる」と読める。
 枕にも命数があるのか ―― それにしてもこの予言を書きつけたのは如何なる人物か?

 陶枕の工場を訪ねた。すると職工の一人がいう。
 「むかし、ここで一人の老人が休息しておいででしたが、手には周易の本をお持ちでした。枕の文字はおそらくこの老人が書いたのでしょう。それからかなり時がたちますが、私はこの老人の住居を知っておりますから、訪ねてごらんになっては?」
 尋ねると家人が出てきた。
 「先年亡くなりましたが、遺書がのこってございましてお預かりするとき、これこれの年月日に一人の秀才がおいでになるからこの書物をさしあげてくれるように、その人こそわが身の後事を厚く取り計らって下さる人だから、とございます」という。受け取ってみると易書。そこでさっそくこの書に説く手法で占ったところ、この家の下には白金が埋めてあり、それはこの老人を弔う金とのこと。これを家人へ告げて調べさせるとはたしてその通りであったから、この易書をもらい受けて帰り深く研究すると、卜筮を用いることなく吉凶の理を知り得る妙法であった。その後、梅をみているとき二羽のスズメが枝を争う変事があり、これを占うと翌日の夕刻に隣家の娘が梅の枝を折ろうとして樹から落ち、脚を傷つけると出た。これも寸分たがわず。以後邵康節の占術を「梅花心易」また「観梅の数」とか呼ぶ。
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テーマ: 文明・文化&思想

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