07 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 09

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback: -- | 本文: --

行動文化 (13)  「契約」と「誓い」の差 

  結婚とは「契約」か?

契約は「条件」を伴う 破棄もありうる だが、「誓い」となるとそこには両者の人格が関わってくる 「解消」も「破棄」も許されない 


「契約」も「誓約」も似たようなものじゃないかと思っているのが昨今の日本人だが、「誓」とは本来、そんな手軽な文字ではない 全人格をかけての意思決定が、「誓う」ということである 高校野球の「宣誓」 または法廷や議会での宣誓 いったん誓ったからには取り消すことは許されない 日本人の場合はここへ「天地神明もご照覧あれ」と、至高至尊の「神」が立ち合う


「契約」にはこの、のっぴきならぬ厳しさや重さはない 気が変わったり、不具合が生じたりすれば違約金を負担すれば解消できる 


「男心と秋の空」なのか「女心と秋の空」なのかはともあれ、結婚も契約の一種と考えれば心変わりも慰謝料で片付くが、神様が立ち合っていなくても「二世と誓い合った」夫婦ならばそうはいかない 誓いを破ることは武士でいうなら自決ものだが、ここに君子と下郎の差が出る 事実上の「重婚」を敢行していながら、自決どころか負担はバラの花束などで済まそうとしたり、またその不誠実を「寛容の美徳」で許そうとする 契約なら寛容もいいが、「誓い」の破棄やその寛容には、たとえ当人はそれでいいとしても必ず天罰が下る 


「正直」とは自分をだまさないこと 正直でいれば夜はよく眠れる いったい誰の命、誰の人生なのか? 借金を完済し事業には成功しても、自分にウソをつき体をこわしたのでは元も子もないではないか 文化賞学者数学の岡教授は、「正解とは情緒的納得のことです」と語っている


元気で正直が一番


合気道、という武道がある 植芝盛平という槍術家が唱えた「気」の武道


「みそぎの武道」とも呼ばれてきた 養気の道を説く その心得の第一が、気の濁りを去れ これが「みそぎ」 心身のリフレッシュ 「怯(ひる))」の原因をなくせよ 日常の言動の中のウソが怯みの原因 孟子は「気」の人 その言「みずから顧みて直くんば、千万人といえども吾往かん」顧みて直ければ、いったい何を恐れ、何を怯えるのか? 人とは天地の子 「卑」や「怯惰」が残っていたのでは気は伸びない 自己を限定するからである 孟子は、「浩然の気」を養った 養気の道は「濁」を去ることにつきる 濁を除けば身に備わっている本来の浩然の気が蘇る かえりみて、どこかに疚(やま)しいところがあると、それが「怯(ひる)み」をつくる これが「病気」 浩然の気とは、古今を通じて天地を貫流している宇宙の根元の気である 略して「元気」という 天地と気結びをして矮小な自己をなくすれば元気になるに決まっている ▲▲

スポンサーサイト

[edit]

« 行動文化 (14)  二重規範  |  行動文化(12)「負ける」と判断したら、逃げよ・「思わない」ということ »

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://nonakahihumi.blog.fc2.com/tb.php/17-8be2930f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。