08 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 10

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback: -- | 本文: --

行動文化 (142) 禅(2) 

人はみなゲイになるように努力すべきである、といったフランスのフーコーが禅に接触するために日本へやってきたことがある。鉄舟会の大森曹玄に会って、自分の見解を禅の立場からはどう思うかと大森にたずねた。それは禅に近似したものであると応じたと大森からきいた。
フーコーについては新聞などで予備知識はあった。ゲイ論はともあれ、彼の「権力は上からではなく下から来る」という意見は孟子の東洋型民主主義とよく重なる。「フランスという国は売れるものなら何でも輸出しようとします。たとえ毒でもね」とその記事の中で彼は云っていた。
自分の言葉が一種の毒であることを彼は知っていた。禅に似たようなものだぐらいの事は見当がついていたはずである。
フーコーとは鬼面人をおどすような事をいう男。誰がフーコーに大森に会えと勧めたのかは知らないが、大森を勧めたことが気に入らなかった禅学者が知人にいる。大森なんかダメだというわけだが、彼がどうして大森を悪しざまにいうのかには理由がある。
彼、大森に殴られたことがある。理由については云うまでもなかろう。著作は多い男、文献学者である。50冊書いたと云っていたから、実名を出せば彼が大森に殴られたことを知っても驚く者は少ないのではないか。

 ついでにもう一つ。沢木興道(曹洞宗)の門人に弟士丸泰仙という禅者がいる。フランスに禅を紹介した人物。ある会合で欧州の禅事情として弟士丸氏を持ち出した者がいた。するとさきほどの禅学者が、「フランスの上流婦人にすり寄って自分を売り込んだ土方人足あがりのニセ坊主。あんなものを禅だと思ってもらっては困る」とこき下ろした。なにが気に入らなかったのか、口角泡を飛ばして非難した。
 彼、人をこきおろすのに「土方人足」という云い方をするが、禅の世界では六祖の慧能の出自は下働きの下男である。土方人足が禅を学んではいけないのなら農夫が禅を学ぶのもいけないことになってしまう。彼、由緒ありげな姓名を名乗っているが、生れは寒村の土百姓。むろん土百姓でかまわないのだが、文献学者であるにもせよ少なくとも禅を学ぶのであれば、氏素性のことを持ち出すのはみっともなくはないか。

※発刊案内 『美術カレンダー』(部数限定) ――剣者野中日文の筆のすさび
      『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学
                   へッドライト (06,6609,9750)
スポンサーサイト

テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

[edit]

« 行動文化 (143) 相道  |  行動文化 (141)  禅 »

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://nonakahihumi.blog.fc2.com/tb.php/168-b62012df
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。