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行動文化(12)「負ける」と判断したら、逃げよ・「思わない」ということ 

  「負ける」と判断したら、逃げよ

記者は武道界の人間である 武道とは兵法である その記者が「逃走」を奨励している 何だと? と思う読者諸兄姉の顔が見えるようだが、逃げるのは卑怯か? ことわっておくが、逃げるのは「危険から身をかわす」という事であって「敗北」ではない 一流の戦略家とはみな逃げ上手なのだ


「檀公の三十六策、走を以て上計となす」 走、とは遁走 三十六計逃げるにしかず、はここからきている 戦えば必ず壊滅という強大な敵に対する選択肢としては、降伏か、講和か、逃げるかの三つしかないが、檀公は、降伏は「全敗」、講和は「半敗」、逃げる事だけが「未敗」だといっている


未敗、という言い方が面白いではないか ものは言い様だというが、この「未敗」は負け惜しみで言っているわけではない 「退却も作戦の内、それも上策だ」という、感情論を離れたクールでドライな結論


蔚繚子は「禍は小人と交わるにあり」といっているが、相手にしない方がいい種類の人間はいる 火力戦に限ったことではないが、屈従を強いられたり命を落としたりする場面でもつまらぬ意地を張って逃げずにいるのは胆力の証明にはならない 愚か者であることの証明にはなるだろう 


卑怯? 恥? なんとでも好きなように言わせておけ 戦闘者はエンターティナーではない 他人の納得や満足のためには奉仕しない 他人がこっちをどう思おうとそれは他人の問題 なんの痛痒も感じません どうぞ何とでも


 


「思わない」ということ


剣は「居着く」ことをきらう


居着く、とは特定の状態への身心の停滞をいう 心理的には一種の過剰意識をいうが、居着いた状態とは相撲でいうところの「死に体」であって、剣の場合、たとえ一瞬たりとも居着いたら眼から火の出るような痛烈な一撃を以て思い知らされる


もう昔のことになるが、早坂暁のテレビドラマに「夢千代日記」という人気番組があった 底流するトーンは、裏日本の海の色を思わせる暗い色調の、若く不遇のうちに命を終えた歌人前田純孝の歌である その中の一首、「悲しみは悲しみを呼び 悲しみは悲しみを訪い 我に集まる」 暗い歌だが、暗くてもこのドラマの格調は高く、画面も美しかった しかし、前田純孝はどうして哀しみの器のようになってしまったのか 悲しみを思うからである これを剣では悲しみに「居着く」という それは心の死に体 それでは身を傷る 悲しみの理由を数えればお互い、際限はない 思わずにいようではないか ▲▲

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