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行動文化 (128) 昭和元禄 平成戦国 

武士道とは勝つ事と見つけたり
政治が力を失って市街にはホームレスがあふれ、学校は教育手法を見失い、親たちは「しつけ」の能力を失っている。
知育偏重というが、昨今の日本の学校に知育はない。あるのは受験競争とイジメ。中学校では武道が必修科目になったが、教師たちには武道とスポーツとの区別さえつけられない。
つまり、敗戦から立ち直って経済成長を遂げた昭和を元禄時代とすれば、平成の日本とは恥も名誉もどこ吹く風、企業も個人も実力本位の戦国時代だろう。
そのつもりでお互い力を養わなければならない。個人の力がすべてだった戦国時代の武士道に学ぼう。

「飼い犬」から「狼」へ
自分が周囲からどう思われているのかが気になって仕方がないのは「腰ぬけ」。どう思われているのかが判らんのはバカ。他人が自分(こちら)を何と言おうと、それは他人の意見。
他人とはおれではない。他人は他人。自分は自分。ゴーイングマイウェイ。何とでも言わせておけ。痛くも痒くもない。世間や他人の評価基準ではなく、自分自身の価値基準で生きよう。
「プライド」も「恥」も必要。だが何を「誇り」とし何を「恥」とするのか。
名? 世間体? エゴイストと言われたくない? 後ろ指を指されたくない? 輝きたい? フットライトを浴びたい? 喝采? なるほど、さすがと言われたい? 小生、サムライという言葉が大嫌いである。侍とは主君のおそばへ侍(サムラ)う者。つまり番犬。すなわち兵隊さん。危険を顧みず放射能の中へとびこむ便利で調法な番犬。
小生は誰の番犬でもない。人に飼い馴らされる事をきらう狼である。番犬になるために剣を学んだのでも番犬道を教えるために道場をもっているのでもない。賞状や勲章や金メダルは、出す側になら回ってもよいが、もらう側には立たない。他人にホメてもらわなくても間に合っている。
「昭和元禄」も「平成戦国」もない。「時代」や「みんな」に合わせるのではなく、自分の中に時代や世界に支配されない自分本位の、「不埒」で「身勝手」な基準をつくろう。今日以後、「武士道」も「士道」もすべて「武道」に吸収する。諸兄姉、首輪をはずして狼にもどろう。
※書画カレンダー 「剣者野中日文の筆のすさび」 (2013年 部数限定)
             発行 ヘッドライト大阪 (06・6609・9750)
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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