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行動文化 (124) 剣術とは人を斬る術 

佐々木只三郎とは旗本の幕臣。龍馬を斬ったともいわれ、新撰組をかきまわした策士清河八郎を斬った男として知られる人物だが、江戸赤羽橋で清河を斬ったときの斬り方に、当時の剣客たちが剣技というものをどう解釈していたかが窺える。剣術とは人を斬る術なのであって、それ以上でも以下でもない。昨今の剣道とは無論ちがうが、もっともらしい道徳論とも関係ない。
乱戦の場合は別として、剣術とは要するにその相手を間違いなく斬れるという状況をつくって斬るだけのことなのだ。そして腕もアタマも強い側が勝つ。バカが負ける。清河八郎は弁も立つが腕も立った。この清河を斬るのに佐々木はどんなふうに斬れる状況を作ったか。
 そのとき清河は酔っていた。前方から顔見知りの、京市見廻り組の佐々木がやってくる。その佐々木が目の前で立ち止まって、「お! これは」と言いながら笠をとって挨拶をするから、清河も答礼のために笠をとろうとした。そこを佐々木の抜き討ち。たぶんひとたまりもなかったろう。

 この佐々木只三郎とはどんな器量骨柄の男か? 中肉中背、色浅黒く、笑うと両頬にエクボができて可愛らしい顔になったと本人の姪が語っているが、土方歳三同様によく女たちにはモテたという。人となり無垢淡泊、不器用で素直。職務に忠実で短歌を嗜んだ。陰険な策謀家のイメージではない。
 つまり清河を斬るのに佐々木が用いた笠をとる所作とは、当時の剣者たちの間ではとくに異とするには当たらない戦術なのであって、おそらく佐々木本人にも卑怯な手をつかう意識はなかったはずである。かりに龍馬を斬ったのが佐々木だったとしても、旧知の者と身分を偽って龍馬の部屋へ入ったのは腰刀の間合いに入るための策。斬られた龍馬の不用意。拳銃の銃口を刺客へ向ける余裕さえなかった。競技スポーツとなりはてた武道とはちがって、古来の武道には初めもなければ終わりもない。これが「常在戦場」。このあたりにスポーツマンと武芸者との本質的な違いがあるのだ。
武道を文化財や骨董品にしないためには、何よりもまず武道の言語化が急がれる。そして武道とスポーツとの違いをはっきりさせ稽古法を考え直すことだ。それにはまず『孫子』を読み返してみることだろう。冒頭にこうある。「兵は国の大事。死生の地、存亡の道、察せざるべからず。」命は一つしかない。スポーツ武道には「敗者復活戦」があるが剣術の場合、敗者とは死骸である。剣者たちの脳裏には「戦術」はあったが「卑怯」の二字はなかった。
※書画カレンダー「剣者野中日文の筆のすさび」(2013年 部数限定)
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