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行動文化(120) 無愛想 

久しぶりにラジオで浅川マキを聴いた。浅川マキ、といっても団塊の世代以後
には解らんだろうが、教育界を揺さぶった全共闘運動後の学生運動の自滅と挫折感に伴う「シラケ」。ここへ黒づくめの、無愛想な浅川マキが登場した。そしてウケた。まあ、筆者の好みの歌い方。
つれてきたのは「天井桟敷」の寺山修二。「マッチ擦るつかの間の海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや」の寺山だが、新宿の「さそり座」の一人舞台にマキを使い、注目を集めた。
筆者あんまり寺山型の自己主張も感傷も好きではないが、神経のごつい下品な奴はもっとイヤ。とくにイヤなのが自信満々の奴。だから浅川マキの、ちょっと投げやりな歌声はイヤではない。何よりもまず作らない正直な、聴き手に媚びない発声がいい。無責任に聴いていられる。
このマキの「ちっちゃなときから」をラジオで聴いた。

♪ ちっちゃなときから/ かわいいお前だ/ 何かあったら来な/ こんなおれだけど/ さよなら/ 泣くなんて//おまえらしくもないぜ

男から女へ語りかける言葉である。女の泣きごとではなく、マキが男の側からの言葉で歌う。むろんマキも女。たぶん気に入った歌詞なのだろうが、まずこれが逆方向で新鮮。このあとに高倉健の歌を聴いたが、マキに比べると高倉、男らしいというよりもずいぶん聴き手に気を遣っている。
合気道の東京本部にいたころ、この高倉が稽古に通っていた。鎌倉への帰り道、途中まで一緒に歩きながら高倉は、「前作の――(失念)が評判よかったのでいま「突進太郎」というのの撮影に入っています」と言っていた。
 ラジオにもどる。浅川や高倉といっしょに、藤けい子の「夢は夜開く」や、歌手は忘れたが「フランシ―ヌの場合」も聞いた。
 どれも明るい歌ではない。とくに「フランシ―ヌの場合」は暗い。シャンソンを焼き直したもののようだが、歌詞どおり「フランシ―ヌの場合は、あまりにもおバカさん。フランシ―ヌの場合は、あまりにも悲しい」のである。だが青春とは暗いのが普通なのだ。絵描きの絵も若描きは暗い。突然こんな世界へ生まれ落ちて喜んでいられるものではない。堕ちた天使のような無垢なフランシ―ヌにとってはなおさら。それでも救われるような出会いはある。だがそれはみんな偶然の出会い。しかし必ず別れはやってくる。つまり出会いは偶然。別れは必然。♪あなたならどうする?
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テーマ: 文明・文化&思想

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