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行動文化(114) 西南戦争 

西郷の下野の無謀 征韓論に敗れて、ということになっているが、この西郷の下野、どうもおかしい。益満を使っての江戸での荒仕事――荒仕事とはいうが冷酷非情にして周到綿密な、海舟を畏怖させた従来の行動からすると、同じ西郷のする事とは思えない粗雑な下野ぶり。西郷の視野が――茫然とするほど狭隘に、行動も戦略を失ってほとんど子供なみに感情的で幼稚に――西郷、どうしたのか。盟友大久保を江戸に放置しての西郷の下野は、けっして西郷単身の下野では終わらない。必ず桐野利秋、篠原国幹らが西郷につき従う形でみんな下野することになる。これまでの西郷ならそれが視野に入らぬはずはない。   
この時期、熊本士族の神風連の乱、福岡の秋月の乱、山口では萩の乱、その中で西郷のみ何を思ってか――不動。これをかつての盟友大久保が江戸でどう思うかという事を剛腕細心の西郷、なぜ? 
果たせるかな、大久保から仕掛けてきた。薩摩出身の川路大警視ら23人を密偵として送り込んだ。暗殺の密命を帯びていたともいう。さもあらん。
大久保は薩摩士族の力を殺ごうと、陸軍の火薬庫から武器弾薬を大阪へ移送。これが西南の乱の引き金になった。私学校の生徒たちが暴発。「しもた!」(しまった!) と西郷が叫んだというが、「しまった」はなかろうぜ西郷。しまった、のは「下野」ぜよ。「しまった」は聴きとうない。西郷が言葉ではなか。
つまり西郷の舞台は、登場の花道が小御所での「短刀一本でかたづくことでごわす」。見せ場が益満を使った江戸騒乱の、冷酷無残の剛腕。引退の花道が戊辰戦争。下野は論外。革命の申し子、まだ仕事は終わっちゃおらんはず。
熊本攻めは全くの軽挙妄動。コメントにも値しない。西郷に従う桐野は颯爽たる好漢だが、しかし戦略の士ではない。「熊本城など竹の棒一本で叩きつぶしてみせる」と吠えたが、竹の棒は小銃の敵ではない。好漢、惜しむらくは兵法を知らず。叩きつぶせず射殺された。しかし剽悍な薩摩隼人にとっては西郷も桐野も、余人をもっては代え難い立役者。敗け戦にさえ、その負けっぷりに手を叩く。エコヒイキの極み。それにひきかえ大久保は不人気。なぜか? 大久保は冷徹。リクツをいう。西郷にも桐野にもリクツがない。すなわち「義」を云わぬ。ただ行動あるのみ。平成の今も薩摩で西郷や桐野を悪く言うと生きては帰れないが、塩野七生女史は活動期の西郷を評してこう言っている。「私があの時期にいたら(西郷を)ほうっておかない。しかしあの人、後半はまったくのダメ男。先生、いったいどうなさったの?という感じですね」 ごもっとも。西郷・桐野ビイキの一人として小生、塩野女史へ答えておきましょう。西郷さん、維新のあとは病気だったんですよ。老人性の――。
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