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行動文化(112) 横井小楠(2) 

短刀一本でかたづく よく知られた西郷のキメ台詞だが、これを「おはんの短刀は切れ申すか」と書き変えた者もいる。なるほど、悪い台詞ではない。
場所は小御所。倒幕派の大久保、岩倉に対して公武合体派の山内容堂は、クーデターは幼帝を拉致して権柄を盗もうとするものだと憤り、この場に慶喜将軍を招けと迫る。筋論である。どうしたものか……岩倉?が外にいた西郷に状況を告げた。「短刀一本でかたづくことでごわす」は、この時の西郷の返事。
のちの西郷の動きを思えば山内容堂の抵抗など西郷にとってはものの数ではなかったはず。ほとんどカマキリが振り上げた鎌程度のものだったろう。ちなみに筆者の師である大森曹玄はこの「短刀一本」云々の西郷の台詞が好きだった。そうだろう。青年時代には街を歩いていると、「おい、見ろ、匕首(短刀)が行く」と言われたと聞いている。短刀――なるほど大森は短躯。禅僧になってからも議員連中の有り様に「国会へ行ってサリンを撒け」と言ったことがある。このごろは見かけないが、乱暴を責めてみても始まらん。志士とは古来こんな生き物なのだ。
大政奉還  さて、短刀一本で片付けられそうになった土佐の鯨海酔侯、さすがに気配に気づいて黙った。度量の人、無理押しはしない。あとは知られる通りの大政奉還劇、結局先手を打って自発的に政権を朝廷に返してきた江戸幕府に肩透かしを食った格好だが、しかしそれで鉾をおさめる西郷ではない。舞台は益満休之助を使っての江戸の騒擾騒乱に移るわけだが、この時の「大政奉還」の裏には横井小楠の姿がチラチラする。松平春嶽に小楠が京への「これまでの非礼の謝罪」を進言していた。次のようないきさつ。
幕府と朝廷の不和に諸大名が加われば国内は内乱状態。西洋列強は好機とみてそれぞれの後押しをして介入してくる。そうなれば他のアジア諸国のように日本も列強の植民地――徳川慶喜が小楠に意見を求めた。そして「なるほど」と感服。幕臣たちには不満は残ったが――それまで。
しかし春嶽には懸念があった。「将軍が上洛して今までの非礼を謝罪したとしても、もし朝命として攘夷を命じてきたときは?」小楠こたえて曰く、「その時は朝廷へ政権をお返しすれば宜しいではございませんか。そして攘夷も朝廷でどうぞと。(このあたりが横井流の舌剣)。――忠言を聞き入れず、出来もしない攘夷をできるかのように仰せられるのは、天下を偽り、あたら忠臣たちを犬死させ、国を滅ぼすことになりましょうぞ」。このいきさつと小御所での激論を照合すると、前後の状況が立体化してくる。結局、西郷も、龍馬も、桂も、また土佐の酔侯に越前の春嶽侯までもが小楠のト書きの上で踊った格好。
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