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行動文化 (111)横井小楠 

日本の近代化 周知のように演劇界の役者の動かし方、つまり演出メモに「ト書き」というものがある。書き手である演出家はむろん舞台には出ない。裏手にいて立役者を動かす。歴史にもそんな役回りの人物がいる。西郷、大久保、勝、龍馬といった面々の陰にかくれて動きがよく見えないが、幕末~明治の歴史の裏側にいて日本の近代化のト書きを書いていたフィクサー、酒乱のもてあまし者、肥後の横井小楠だったかと、今あらためて思う。
横井小楠。ひととなり朴実でいて酒乱、大器にして不遇、視野は千里の外を見はるかし、舌鋒鋭く、長州の桂小五郎(木戸孝允)をして「横井の舌剣」といわしめた。なかなか人をホメない皮肉屋の勝が、「恐ろしい男を二人みた。一人は西郷。もう一人は横井。横井の思想を西郷の腕で行なわれたら万事休す、遮れる者はいない」と語っている。はたせるかな西郷が登場。冷徹非情な剛腕をふるって国を作り変えた。
横井流実学 この横井小楠、肥後の人だが歯に衣着せぬ舌鋒を嫌われて国に容れられず、越前の松平春嶽にスカウトされて日本の近代化のレールを敷き、幕府方薩長方を問わず、当時の有為の人物の誰もが師と仰いだ。西郷までが小楠には一目おいている。学統としては陽明学だが、しかしこの人、ただの学究の徒ではない。越前でまず着手したのは財政再建。九十万両の負債を、産業振興(生糸と醤油の生産と海外輸出)で3年後には三百万両の収益をあげてみごとに立て直している。小楠は「実学」と呼んでいるが、近江聖人中江藤樹の陽明学を幕末の動乱に使いこなしたのが小楠流陽明学、つまり「実学」。
当時の小楠に「国是三論」がある。財政、軍備、士道の三つだが、これを論語の「無信不立」(信なくは立たず) に対比させてみると面白い。論語の「食」が小楠の「財政」、「兵」が「軍備」、「信」が小楠の「士道」。また論語が「信」を第一としているのに対して小楠は「士道」を三論の要(かなめ)としている。
士道が立たなければ財政も軍備も崩れる。すなわちモラルハザード。いまの日本の財政崩壊の予見。小楠の辞書には「想定外」の三字はない。
小楠の場合、士道とは「民を安んずる」こと。逆に言えば、無辜の民を安んずれば士道は自ずから立つ。「士」とは恥を知り民を安んずる者たち。教育者とは「士」を育てうる者たち。昔も今も。
小楠とは教師。表舞台でなく国政の裏手に身を置いて勤皇・佐幕の別なく「士」を育てた。その説得力の源泉とは何?「無私」? そうではなかろう。視野の広さと千里先を見通せる眼。小楠は日本の近代化のレールを敷き終わって刺客の手に斃れた。役目を終えたら世を去った。天命ときに非情。  2012・5・15
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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