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行動文化 (110)  武術 

話が混乱するから、現代武道ではなく古武術の事だと思ってもらいたい。
現代人には見えにくい部分だが、武術とは本来、ルールのない殺し合いである。空中戦で40機?を落としたという撃墜王、大空のサムライ坂田さんは、空中戦とは武士道も何もないただの腹黒い殺し合いだと語っていたが、そんなものだろう。武術とは本来強い者が勝ち弱い者が負ける非情な殺し合いである。
筆者は合気道だが、稽古場で女性会員に「そんなことしたら危ないじゃないですか」といわれてビックリしたことがある。片手をとらせて、前へ引いたら抵抗したので後ろへ落としたところ相手は尻もちをついて曰く、「ひどい仕打ち」。大学の教授夫人。このときもビックリした。
なるほど、武術を長年やっていると人間わるくなる。武芸者根性と呼ばれるものだが、しかし合気道にかぎらず武道とは多かれ少なかれ詐術。相手の敵意をバネに使って勝つ。人が悪くもしたたかにもなるだろう。

新撰組の隊士たちのやり口とは、その大半が不意打ち、だまし討ち、一人を数人で斬るといった類のもので、いわゆる尋常の勝負ではなかったようだ。
阪本龍馬が斬られたのはその中ではまともな方だが、これだって龍馬の居室へ入るのに刺客が使った手は一種の偽計だったようだ。龍馬が拳銃を持っていることを刺客が知っていたかどうかは不明だが、結果からみると龍馬には拳銃を構えるヒマがあったとは思えない。
武術とは結局「間合い」の勝負である。相手の間合いへどうやって入るか。
合気道に、秘伝と呼んでよい「天の浮橋」の心得がある。

開祖の植芝盛平は「戦って勝つのではない。まず勝ってから戦うのじゃ」と言った人だが、これは必ず勝てるという状況の作り方である。この部分にスポーツになっている現代武道と古武術との考え方の違いがある。
「天の浮橋」とは植芝初代が晩年に到達した言霊学の秘境だが、要するに武術の鉄則である「先手必勝」を極点まできわめた間合いの心得と思えばよい。この位置にいれば相手には反撃の余地はない。つまりこっちが必ず勝つ。
筆者は開祖に口伝の形で「天の浮橋」を伝えられた。間合いの心得だった。
現代のビジネスにこれを活用するとどんな形になるか?
企業戦略で言えば、戦いとは「勝てる体勢をつくる」ということ。勝負はおのずから決まる。さらにもう一歩踏み込んでいえばインサイダー取引がそれだといえは話はいちばん解りやすいが、法網をかいくぐる事が最終的な勝利をもたらすかどうか。
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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