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行動文化 (106) 阿部先輩のこと 

太平洋作戦では潜水艦に乗っていた、阿部さんという先輩がいた。
主としてフランスに合気道のタネをまいた、合気会の功労者。細身でシャープな感じで、気性のはげしい人だった。
あるとき、やくざの親分が女の弱みにつけこんだとかでこの先輩、許さなかった。たぶんフェミニストだったのだろう。その親分のところへ一人で乗り込んで、「お前らの親玉のところへ案内せい」。応接間の、椅子へかけている親玉をいきなり椅子ごと目よりも高く担ぎあげて、「どうだ、投げ殺すぞ!」
この親分、投げ殺されずに合気道本部の植芝の若先生のところへ謝罪にやってきていわく、「いやあ、あんなこわい人に出会ったのは初めてです」。
思い出した。この先輩、合気道開祖の植芝盛平を訪ねてきていた空手家と、何事かで話がこじれて、「やってみよう」となった。
空手家が中段を突いてくるのを「入り身」に外して、例によって担ぎ上げた。それも柔道の肩車式にでなく、両手で空中へさし上げるのである。阿部先輩、よく人を担ぎ上げる人ではある。空手家が頭の上で、「いまの突きは入った!」「入ってません!」

この阿部先輩、一回りほども年の違う若造の筆者を銀座で飲ませてくれたことがある。
筆者、この厚遇の理由がよく解らなかった。で、訊いてみたら、はじめて本部道場へ行ったときのことを、よく覚えていてくれた。柔道に行き詰まっていて、武道仲間の勧めで様子を見に行ったのである。
あのころ筆者は、久留米がすりに小倉の袴、朴齒の高下駄という恰好。目立ったのは確かだろうが、阿部さんはその事を言ったのではない。
思い出せばあの時、まず上座を確認して、居住まいを正し、作法通りの坐礼をした。阿部先輩これを見ていて、「武士の作法に適っていた」というのである。
銀座ではフランスでの話をいろいろしてくれたが、その中に柔道家との勝負があった。一瞬で阿部さんが勝ったという。どんな勝負だったのか訊いたら、「いやあ訊かんで下さい、卑怯な手をつかいました。」他人の話などを総合して見えてきたのは、「卑怯な手」というには当たらない、備えのないところへ入っただけのことである。
大陸で何人も人を斬ったという、村重さんという人がいた。ゆっくりと重くつかう人で、意外に思って「そんな速さですか?」「そう、こんなものだ。真剣を使う場では、さわぐな」これが秘訣のようだった。ベルギーで客死したが、ギャングに襲われたようだ。筆者はこの人に人の斬り方を教えてもらった。
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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