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行動文化(104) 初年兵の分際で 

これは柔道の特練に入る前の、横浜の警察学校にいたころの話。
分隊編成で、12人が同室にいた。
夜中の二時ごろだったか、廊下にどかどかと足音がして、ガラリと引き戸があいた。びっくりして起きると、面と籠手だけをはずして胴だけを着けた剣道の稽古着姿の数人が優勝旗らしいものを中心に立っていて、「寝てる場合か。この優勝旗を拝め。貴様ら初年兵の分際で――」なんとかと怒鳴っている。
関東管区の警察武道の大会で優勝して帰ってきたのだ、寝てる場合か、起きてこの優勝旗を拝めというわけだ。
拝みようもないから12人、茫然と見ていただけだが、それでも「初年兵」どもを叩き起こして吠えればそれで気が済んだらしく、優勝旗を押し立てて隣の初年兵たちの部屋の入り口で怒鳴っていた。迷惑とは思わなかったが、大声でひとしきり吠えながら稚気満々、圧倒はされた。
高野さん、だったと思う。
荒稽古で知られる拓大の剣道で鍛えた人で、柔道の先輩である郷里の朝飛さんによればこの高野さん、事あるごとに「拓大はなあ」と吠えていたという。  
いまの拓大の剣道がとんなものかは小生不敏にして知らないが、たぶんこの時期あたりまでだったと思う。柔道も剣道も稽古は荒っぽかった。気絶しても頭から水を浴びせて正気にもどした。

最近は事故がおきるとすぐ救急車を呼ぶ。
のちに高野さんから聞いたが、「おい高野、きさま剣道はダメだ。見込みがない。あきらめて、行李を担いで田舎へ帰れ。帰って百姓しろ。その方が似合ってる」。
高野、ではなく別姓(失念)で、高野(幕末の剣客である高野佐三郎の家系?)家へ養子に入ってからの「高野」、だったように記憶するが、高野佐三郎は突きの名手、たしか親の仇討ちのために山岡鉄舟の春風館道場に入門した人。
鉄舟の突きも凄かったようだが高野佐三郎の突きは春風館で鍛えた鉄舟直伝の突き、「貴様ら初年兵の分際で」の高野先輩の突きも、だから春風館仕込みの突きということになる。筆者は時代がちがうから高野佐三郎流の突き技は教えてもらっていない。筆者の小手打ちは既述のように「ズビチガスデグネガ」の槇尾の小手技を盗んだものだが、この槇尾を鍛えた「鬼伝」は高野佐三郎の直門。小手打ちは突きと一組。表を突きで攻めて裏から小手を打つ。突きに威力がないと小手打ちも決まらない。だから筆者の突きも、辛うじてだが突きの高野佐三郎につながっていると言えなくはない。
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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