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号外 武道の「言語化」 

エンプティネスミニスタ  中曽根総理のころ国会に、「ミッチー」のニックネームで知られる渡辺美智雄という閣僚がいた。当意即妙な云いまわしをする人で、中でも野党の選挙用の公約を魚を釣り上げるだけが目的の毛針に例えた「毛針発言」など、ちょっと余人にはマネできない絶妙の比喩というべきだろう。もっとも親分の中曽根総理にも「政治家に倫理を求めるのは八百屋に魚を買いに行くようなものだ」という野党へ「北陸じゃあ八百屋でもサバの干物を売ってるよ」と応じて喝采を受けるようなしたたかなところがあったが、大平正芳氏など渡辺ミッチーを、「こんなこみいった問題を、彼はどうしてあんなにうまく即妙な簡単な言葉に直せるのかなあ」と感心しきりだった。しかし、ミッチーには失敗例も多い。
外相の時だったと思う、東南アジア――だったかで、日本文化を紹介するつもりで般若心経の「色即是空」を――まったく、よく知らないのなら持ち出さなけりゃいい、「カラ―・イズ・スカイ スカイ・イズ・カラ― とやらかした。
聞いてる者はみんなキョトンとしていたという。そりゃあそうだろうよ。
あの一件で彼すっかり器量をさげたが、しかしこんな事でメゲていては政治家はつとまらない。「あれはまずかったですよ、空、にはカラ―じゃなくエンプティネスのほうがいい」と教えた若手がいたが、これをしばらくしてやってきた、「鉄の女」と呼ばれるイギリスのサッチャー女史へすぐ使って、またひと騒ぎあった。「あれは間違い、ほんとはエンプティネス」と訂正したから、鉄の女、以後ミッチーと出会うと親しみをこめて、「オ―、エンプティネスミニスタ」。そばにいたのがこれをその場で「空っぽ大臣」と、これがまた妙に説得力のある翻訳だったと新聞は報じていた。

 武道の言語化と行動化  時代がこれを要求している。孫子のいう、「彼を知り我を知れば百戦不殆」の「彼を知る」とは、武道でいえば現代という時代を知ること。「我を知る」とは、時代に対する自分のピンボケに気付くこと。
武道の言語化とは、「武道の本質は危険に対する感度」と言語化し、「時代が求める即戦力とは戦力化された知」と言語化すること。
行動化とは、たとえば「視野」、「情報処理」、「間合い」、「居着き」などの武道の心得を、小学校から大学まで「危険学」としての武道の講座を用意して、少子時代の受講者を集め、「これが現代の日本武道」と世界へ発信すること。
『孫子』は春秋時代の戦略家である。彼の言葉とは戦闘の言語化なのだが、けっして骨董品にはならない。骨董品になっているのは現代の日本武道。脳ミソまで筋肉化した武道人は「トレーナーを着たゴリラ」と言語化されている。 
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テーマ: 文明・文化&思想

ジャンル: 学問・文化・芸術

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