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行動文化90 洒脱謙譲 

師弟関係について

いまの子供たちはつくづく不幸だと思う 衣食住には困らないが、人生でいちばん大切な事を学校では教えてもらえない 具体的には姿勢、態度、ことば
戦前は「教育勅語」があり、それを具体化した「修身」という教科があった 
昨今は「道徳」の時間があるが、「やさしさ」、「いたわり」、「思いやり」のほかには具体的な「行動」は教えない
教育勅語に「恭倹おのれを持し」の句がある かいつまんでいえば、「言葉は少なく、丁重に」 すでに「恭倹」は死語だが、しかし「洒脱謙譲」はまだ生きている 若い諸君のために解説しておこう
「洒脱」はスマートでうっとうしくないこと 「謙譲」は立場を弁えて相手の領分に踏み込まないこと これがつまり「恭倹」なのだが、別段どうという事もない、ごくあたりまえの振る舞いにすぎない 
むろん、身についている者もいる 環境に恵まれればごく自然に身に着くのだが、しかし家庭、職場、交友――これがよくないと一生を「下郎」や「婢」(はしため)、つまり「奴婢」(ぬひ)のままで終わる

師弟関係で考えてみようか
現代は「自由平等」の時代 「奴婢」は無論のこといまや師弟関係はないという見方もあるが、しかし「一字の師」という言葉もある 何事にせよ教えてくれた相手にはそれなりの敬意を払うのが最低限度の作法 まして業務を教えてくれた相手はまちがいなく自分には「師」なのだが、だからといって師の前では口もきけないほど緊張してしまうのはよくない 子供ならともあれ成人の態度ではない ではどうするか 
道場とは「道」を学ぶ場である たとえば茶道には点茶(お茶の立て方)のほかにも応対作法で学ぶべきことがたくさん用意されている 武道の稽古場でも大人としての応対の心得が身についていない会員へは段位は出さない
会員たちを均等に見渡して思うのが「氏より育ち」ということ これはしみじみと痛感する 環境が人を育てるのだ 親にその余裕がなかったら適当な環境を与えればよい 本来、学校がその環境のはずだが、カリキュラムの消化が精いっぱいで先生方にも時間的な余裕がない 
武道の町道場は多い むろん指導者にもいろいろいる 匹夫の勇、つまり 人を打ったり投げたりの「奴婢」しか育てていない稽古場もある 「婢」をレディに育てようと思って失敗したことがある 彼女、電話のかけ方も身についていなかった もっともこんな「婢」には「奴」が似合いなのだが―― ▲▲
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テーマ: 文明・文化&思想

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