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行動文化84 「武士道」再見
2012/02/27 Mon. 00:00 [行動文化]
なぜ英文で欧州へ?
英語文化圏向けの発行は方便 日本人に読ませるために、まず英文で出す
平成の日本は敗戦時の日本文化解体で正気をなくしている
小生の武道論に日本人は反応しない 日本の出版界の大半は「武道」を単なる競技スポーツか、普遍性のない特殊な世界と思いこんでいる このことが盲点になっていて、武道の武の文字があるだけで本は売れませんよ、などと言う
事実そのとおりだろう
だが欧州を知る者は、彼等の日本文化、とくに「武道」や「武士道」の研究が本物であることを知っている 欧州の武道界へ、変貌する前の本物の武士道と日本武道の精髄を紹介すれば、彼等は必ず反応する
欧州が動けば日本は小生の意見を見直す これは過日の上杉鷹山 (鷹山侯は筆者の里) 事件で実証済み 野中日文って誰だ? となる
むろん売名である 何とでも言わせておく 知られなければ仕事ははじまらない マーケティングのプロなら「ん?」と思う 新分野だから
小著『武道の礼儀作法』は、「礼に始まって礼に終わる」といわれる武道界に礼書が一冊も発行されていないというウソのような事実を知ったことが発端だが、しかし日本の武道界も出版界も小著をいまだに無視し続けている 無視の理由はあとで知ったが、これが日本人なのだ
欧州の日本武道研究の真剣さについて弓道の場合をとり上げれば、オイゲンへリゲルが『弓と禅』を発表して以来、彼等は日本人はみんな弓や禅を学んでいると思い込んでいて、日本人と見れば「弓」や「禅」についての専門的で高度な鋭い質問を浴びせてくる ところが弓の指導に海を渡った弓道連盟役員諸侯公が、これに答えられない
日本人の器量を下げるために海を渡っているようなものだが、いまや日本の柔道界では欧州へ受講研修に出かけることは常識 恥とは思っていない
この春、日本の教育界は全国の中学校に「武道」を必修科目として採用する
有意義な企画のように思える だが、関係者たちは武道にどんな教育効果を期待しているのか?
どうもそれがはっきりしない 「伝統文化」とか「武士道」とかいう言葉はさかんに出てくるが、ではそれが日本の武道界にいまどんな形で存在するのか? 問いかけても返事は返ってこない 日本的といえばいかにも日本的だが、小生は武道人の一人としてこの状況を見過ごせない
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