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行動文化83 「気結びの舞」 

 

金メダル 

剣の道を往く者たちにもいろいろいる いくつになっても「金メダル」が欲しい者がいるかと思えば、「金メダルがどうした」という顔の者もいる



師の大森曹玄(直心影)は「中年期に剣よりも禅の方が面白くなった」と言っていたが、合気道の植芝盛平も初老のころに「わしはもう武術はやめた 人を投げたり抑えたりは、これは座興じゃよ」と言っていた 武術から言霊の世界へ住み替えたのである スポーツについては「ざれごと」と問題にもしなかった 



金メダルとは他人からもらうものではない 肯心みずから許せる境地へ到達した者が自分に出すものである 「相抜け」の針谷夕雲も、やはり初老のころ剣術に疑いをもった いわく、「相手が弱ければ勝ち、強ければ負け、同格なら相打ちか なに? 当たり前? そのアタリマエが理に堕ちていて気に入らぬ」それで一時期剣を離れたが、「相抜け」に到達して自身に金メダルを許した



 



武道行動学と「舞いの武道」



男=力 異存はないが行動学として武道だけでは、わが谷神会も「花」がなくて寂しい で、いま武道行動学の「舞い」化にとりかかっている 剣の舞には古来詩吟にのせて舞う「剣舞」があるが、これは剣を使っての独り舞いです 見ているだけで元気の出る勇壮な舞いだが、強すぎる 強いばかりが男じゃないよ 「気結びの舞い」は、剣を舞い扇に持ち替えて二人で舞います 見た目は――まあ能舞台のシテとツレの二人で優雅に舞う「連れ舞い」を想像してもらえばよい 当て身も投げも表には出さないが実質は武術の基礎鍛練です



開祖植芝盛平は「戦って相手を破るのではない 勝ってから戦うのじゃ」



また「相手を見るな、構えるな」「合気道は出会いがしらの兵法じゃ」という言い方もしました 不利とみたら合気をはずして取合わない 入れると見たら入り身一足、もう相手の死命を制していなければならない つかむことも揉み合うことも無用 始めもなく終わりもない、舞いのような運足―― 



未熟でもよい 稽古鍛練法だから差し支えない 未熟者だからこそ「稽古」をするのです その稽古鍛錬法が「舞い」としても鑑賞に堪え、また舞うことが楽しければそれで十分 しばらくの時を、非日常の世界で羽を伸ばせる 



全国の女性に呼びかけて指導者をたくさん育て、全国のヤマトナデシコたちに



舞わせたい え? 資質? 指導者は親切でさえあればよい 天才や美人は指導者には不向き これは2011秋に谷神会が発表する生れたての武道の舞いです 近く映像化してインタネットに発表します 手弱女が舞い扇で弁慶のようなゴツイ男を招き寄せてとり抑え、あるいは軽々と投げ飛ばす姿をご覧あれ ▲▲



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