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行動文化(184) ウッディガスリー 

小生出不精。海外はむろん、上野から北へ行ったことがなく、また行きたいと思ったこともない。が、最近、心を動かされている歌がある。

水の流れに花弁を そっと浮かべて泣いたひと 
わすれな草にかえらぬ恋を 思い出させる信濃の旅よ 
  あすはいずこか浮き雲の 煙たなびく浅間山 呼べどはるかに都は遠く 秋の風立つすすきの道を ひとりたどれば草笛の 音色かなしき千曲川 
   寄するさざ波 暮れゆく岸に 里の灯ともる信濃の旅よ 
                       (千曲川 山口洋子 詩)
 これをいま歌っている。声には出さない。黙唱。こんな歌い方があるかどうか知らないが、ハタ迷惑ではないし、どこででも歌っていられる。歩きながらでも、寝ていてでも。黙唱の要領は呪文で覚えたのだが、たとえば遭難死の仲間の慰霊祭などでの「黙想」とは古来、この黙唱なのである。声に出すと呼吸でとぎれる。だが黙唱にはこれがない。呼吸に関係なく続けられる。たぶん一日中でも。今宵、ひとつ覚えた。地響きのするような超低音での黙唱の効果。無用な感傷が去る。やってごろうじませ。
 出不精の小生のことだ。とくに行ってみたいところはないが、信州だけはべつ。鎌倉円覚寺以来の盟友伊藤真愚の本拠地。小生の青春は彼等とともにあった。つまり小生にとって「千曲川」とは盟友伊藤。愚直の男。寄するさざ波、暮れゆく岸に、里の灯ともる信濃の旅よ つまり千曲川とは小生にとっての胸キュン。うふ。オトメチック? 左様。これが超低音で消えた
 小生このごろ無聊。ほとんど生まれたついでに生きている。そこへボブディランの「風に吹かれて」。こんな声で歌う奴がいた。いっちゃあ悪いが日本の野郎どもの歌い方は変態野郎の泣きごと。そのB・ディランの師匠ウディガスリーの歌を夜中に聴いた。はっきりいってディランより小生の好み。
なぜ日本男児は泣き虫に? 井上陽水の「いっそセレナーデ」も泣き節だが、この場合は小生も泣き虫の本性にもどる。つまり小生の中には面癖の悪い皮肉屋がおり、育ちきらない十六のワルガキも同居している。草笛の音色かなしき千曲川の、暮れなずむ岸辺の里の灯――ええい! 泣くんなら泣いちまえ、ガキのころのように。わるいか。
 
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