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行動文化 (166)   垂直思考(3) 「死」とは 

簡単にいうと、「死」とは耐用年数のつきた肉体と不滅な霊魂との分離。
 霊魂とは人の場合、知性的な理性意識が約六割、残る約四割が感情衝動の電性意識。この二つは母体から受け継いだものだが、これに常時固体活動を調整している宇宙意識が誕生時に加わる。
 さて、肉体の耐用年数が尽きると人霊(宇宙体霊) は独立して肉体を離れるが、離れる時に固体の有機無機の両体から意識物質を吸収し、さらに脳電層に蓄積されている記憶意思粒子をも吸収して、宇宙意識との交流を保ちながら上昇――しようとするのだが、人霊とはいっても大地の物質群との交流で多少重くなっているから自由には上昇できない。つまり霊にも体重がある。なるほど、空を飛ぶ夢は見るが、低い山を越すのにも苦労する。久米仙も洗濯女の脚に気を取られて落ちた。不純意識物質との結合は、霊体の凝集力をそれほどまでに弱めてしまっている。
 身を軽くするには、しばらく宇宙意識力の緩やかな接地層に浮遊して意識を浄化しなければならない。浮遊しながら宇宙意識との交流をはじめ(結果的にそうなるが) 徐々にその浸透吸引作用をうけて自分でもこれに呼応し、吸引と排斥運動を続け、不純意識物質の分離浄化が進むにつれて次第に軽くなって上昇してゆく。そしてついには一定の高位に復帰して宇宙霊体群の大中枢内に投ずる。かくて人霊のうちのあるものは宇宙から出て宇宙に帰るのである。

 座霊
 霊魂のふるさとである宇宙に帰りついた人霊を「座霊」と呼ぶ。ドクターコースを終え、完全に自立した男一匹、また女一匹。何をして過ごしてもよろしい。あるものは活動神として人界へ働きかけ、そうでないものは静坐神として非活動郭内で天界を遊行して永劫の安らぎに浸る。
 活動郭内に入った人霊(活動神)は、人間が「放我」の状態で理性活動を行なっているとき人の個体を使って自分の経験智を蓄積、これをくりかえしながら活動神はあらゆる知識を吸収する。と同時に宇宙の万物に作用し、地球上の全生物へも働きかけてこれらを慈育する。中でも人へ働きかける時は、まず各界の指導者たちの理性に同調してその力量を高め、仕事を支援して人類の幸福と発展に寄与する。
 
※新刊案内 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『武士道と武道(英文)』  『美術カレンダー』(部数限定) ――剣者野中日文の筆のすさび
『垂直思考』           ヘッドライト大阪 (06・6609・9750)
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行動文化 (165)   垂直思考(2)「電性意識の病理」 

(――前回に続く)
 またこの種の不自然死による脱出霊体は接地層滞留中に動物霊に憑依されることがある。そうなると座霊(宇宙に復帰した人霊) へ達する時期はいよいよ遅れ、世にいう「宙に迷う」て浮かばれない状態に陥る。
生前に電性意識を増長させる事は、死後にはこのような不幸を見なければならない。およそ電性意識の異常興奮――言い換えれば一切の罪悪の根源をなす我執や偏見は、理性意識の昂揚によって生前にこれを清算しておく必要のある事が判る。

 憤怒、憎悪、嫉妬、羨望、不安恐怖、誹謗中傷、煩悶、憂愁
 電性意識の異常興奮は霊界において以上のような不幸を招くだけでなく、今生においても大きな不幸をひきおこす。
一切の自己防衛意識(電性意識)は、異常興奮で理性意識の操作が及ばないほどそれが強烈である場合は固体の全筋層に長時間の緊縛状態を生じ、そのために血管や細胞は異常な刺激を受けて血流に支障をきたし、鬱血や混濁を起こすと同時に、他面これを調整しようとする宇宙意識の異常浸透の現象がおこり、固体の局所に発熱、細胞の崩壊や血液の酸化現象をきたして固体内に毒素の発生をみるに至る。そして毒素はさらに細胞の急速な衰滅に拍車をかけ固体は崩壊の危機にさらされてしまう。
 つまり、この電性意識の異常興奮が日常的に頻発すれば人は自分の意識作用で自分の健康障害を起こし、自分で死の転機を早めてしまう。電性意識の異常活動はこんなふうに固体に重大な悪影響を及ぼす。
 
我々がつねひごろ本能に駆られて身勝手な生活、不必要な取り越し苦労その他のさまざまな激情にかられるときは、必ずその体内には血液の酸化と細胞の急速な崩壊が行なわれて固体の健不健に直接悪影響を及ぼす。強欲一点張りの守銭奴が万金を抱きながら不慮の死を遂げ、短気な激情家の脳溢血や心臓麻痺などみなこれであって、要するに人間の正しい生き方とは自らの心を調えて利他を思うという、きわめて当たり前のことに落ち着く。

※近刊案内 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『武士道と武道(英文)』  『美術カレンダー(部数限定)』――剣者野中日文の筆のすさび
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行動文化 (164)   垂直思考 (1)  死後 

死とは新生
 死とは「消滅」ではない。宇宙体霊(人霊) が必要な地上での学習を終えて、「活動神」としての自己を完成させるための、宇宙界への新しい誕生である。
 地上での学習とは何か。一言でいえば「不如意」、つまり「恐怖」や「悲嘆」の体験なのだが、恐怖や悲嘆を味わえば人は何を学びとるのか?
 感情衝動(電性意識) の制御と、理知(理性意識) の昂揚である。理性意識が昂揚するとどんな良いことがあるのか? 身が軽くなる。空間の飛翔や次元の上昇が可能になる。電性意識の卒業とは天台密教の「忘己利他」と同質の利他愛の体得と同じ事だが、これを天、地、人の垂直軸で考えると面白い。電性意識は地獄への道。理性意識は天国への道。
 電性意識跳梁の弊害
 自然死の場合は学校でいえば必要な単位取得での卒業だが、では事故死や急病などの場合はどういう事になるのか。事故死では、宇宙意識とつねに交流している人霊(宇宙体霊) は昇天に必用なものをみんな集める時間的な余裕がなく、残余の意識はついに主意識と分離してしまい、固体の全死をまって遅れて離脱することになる。新しい戦場や、がけ崩れ、列車事故がおきて死人が出た場所などに迷霊がさまようという話は、この分裂霊の滞留現象をさしている。草木を切って立華につかい、接ぎ木などで樹木の部分的生命を維持する技巧とは霊の分裂を応用したものだが、しかしこの場合の分裂霊もやがて宇宙界では集霊を全うして浄化へ移行するのであって、死然死の場合よりも一個の霊体に復元するまでの期間が遅れるだけのこと。
 以上のほかに、不死然死には死の転機に際して人霊がその生存中になにか強烈な怨恨か執着をもった記憶意思の粒子をそのまま抱いて脱出する場合がある。
 この場合の脱出霊体は電性意識がその主導体となっているから、重量が自然死の場合よりも重い。ためにかなりの期間接地層に滞留する。その滞留中に宇宙意識の刺激を受け、ふたたび凝集度を高め、次第に霊体の強化機能を失い、そのまま凝集運動を続けることになる。かくてこの霊体は岩や雨戸などの遮蔽物か、または空気密度の異常層に往々その幽体を現す。
 この幽体は自分が執着したり恨んだりしている相手の意識へのみ感応するものであって、無関係の者の感官へは映らない。霊体が人の姿に凝集するのはその霊体の生前の習性による。これが世にいう「幽霊」で執着、怨恨などの電性意識の作用による現象である。 ※近刊案内 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学 『武士道と武道(英文)』 『美術カレンダー(限定出版)』――
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行動文化 (163)  武士道無用 

武士道のルーツはエゴOKの戦国武士道である。
戦国時代の武者たちは、人に飼い馴らされた番犬にではなく、人に飼われることを拒否する「狼」に親近感を覚えた。今でも日本には狼好きが少なくない。かつて『子連れ狼』というテレビの人気番組があったが、筆者も以前からときどき「白狼」を名のっている。子供のころからヘソマガリで、仲間に入れてもらえずいつも一人でいたが、仲間外し賛成、無視は望むところ、静かでいいや。本が読める。淋しいと思ったことは全くない。
 昭和は戦争の時代だったが、朝鮮特需に支えられての高度成長のあとは全国民中流意識の昭和元禄、いまは弱肉強食の平成戦国、いま若い諸君に求められるのは、新渡戸武士道が説く雇用主への「忠誠心」や、自己犠牲の「克己心」ではない。つまり権力者のための忠犬になることではない。自分の本音に正直な、それでいて巧妙な、「知」の戦力化。
 武道と武士道とは本来、別物ではない。この二つを本音に正直で闊達な「戦い方の心得」へもどそう。それには武士道を卑屈な忠犬武士道から解き放って、武士道も士道もエゴOKの単純明快な「武道」に一本化しよう。

 日本人とは
 (ただしこれは「こんな傾向がある」ということ。最近は以前ほどではない)

○個人が独立していないから、自分と他人との境界がみえにくい。ときに親切。ときにお節介。「気分」で動くから沈思黙考も討論もなく、結論はもう出ている。

○「人の和」が唯一絶対の金科玉条。いつも「みんながどうするか」だけを見ている。リコウ者同士の喧嘩ならオトナが出て行けばなんとかなる。だがバカ同士の「仲良しゴッコ」には手がつけられない。会社をつぶす。

○戦闘の場面では、論理的にではなく感覚的に行動する。メカニックな集団戦にではなく、剣技など個人の感性と才能に天分を発揮する。

○「やまとことば」は垂直思考の感性用語。詩歌表現に向く。論理構成には不向き。だが、今期の文明(水平思考)の行き詰まりには有益な提言が可能。次元差という垂直軸を持つ言葉だから。※近刊案内 『武士道と武道(英文)』 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『美術カレンダー(限定出版)』――剣者野中日文の筆のすさび 『垂直思考』 ヘッドライト大阪 (06・6609・9750)

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行動文化 (162)  旗本退屈男 

市川歌右衛門。昔の役者である。当たり役?が「天下御免の向こう疵」がキメ台詞の「旗本退屈男」。
衣装に凝る役者だった。「各々方、ご油断めさるな」と洞窟のなかへ消えるが、出てきた時はもう衣装が変わっていた。まさかと思うがどうも実話らしい。
映画全盛時代の役者。中学生の頃みた。剣豪俳優としてはこの市川歌右衛門のほかには片岡千恵蔵や月形龍之介などがいたが、我々ガキ仲間の間では歌右衛門が剣道何段で誰が何段らしいなどと云い合っては感心していた。剣道をまったく稽古しなかったと云うのではなかろうが――

考えてみれば、人生そのものが壮大な無駄なのである。
今になって思い知ったが、人生とはらちもないひまつぶし。好きな事をして生きたらよい。その中に前回の東方朔の「韜晦」があるわけだが、同じ無駄なら死ぬときに「ああ面白かった」といえるようでありたい。
「わが生に盗なく殺なくありしこと いま思いて憤怒のごとし」
作者は忘れた。大向こうを唸らせた歌だという。
「郷愿」という人格がある。生きていたときには立派な事を云っていたが、棺を覆ってみると結局これといった仕事は何もしていない田舎紳士。どこにでもいる。石を投げれば必ず「郷愿」にあたる。

この「郷愿」よりなんぼかマシなのが「狂」と「狷」。中庸の人物がいなかったらせめてバランスの悪い正直者か、さもなくば意気に行動が伴わない言行不一致の侠気の男を選べ。論語だが。
くり返すが、人生そのものが壮大な無駄なのである。
「韜晦」の話であった。私事にわたるが、小生もう何が食いたい、何が飲みたいはない。酒はいやではないが手に酒杯をもっていさえすれば――満足というのではないが何もないよりはいくらかまし。食事も同様で、乾パンと水があればよい。その乾パンも ――いや、やめておきましょう。
はるけくも来つるものかな。生きていることに厭きているのである。
無聊といえば何やら立派だが、要するにすることがない。はっきりいってこの駄文も、要するに退屈まぎれのひまつぶし。小生としてはこんな駄文でも読んでもらえるのなら勿怪の幸い。すみませんね。

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