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行動文化 (148) 龍神さま 

昭和27年の夏、社会的な身分も地位もあるれっきとした教養人の某女史に、友人にすすめられて○○会という龍神さまの憑る人を中心とする会へ入会したが、一度同行してもらえないかと懇請された。行ってみると、おりしも霊交の最中、霊媒者が祭壇の前に腹ばいになって、あたかも蛇がのたうつように這い回っているところだった。私(師の玄通子)は蛇霊であることを直感。霊媒者の額をみると、当人の「小宇宙」から褐色の霊光が盛んに立ち昇っている。ところが、ものの三分とたたぬうちに霊媒者が起き上がってキョトキョトとあたりを見回している。思わず笑い出すと、それがあまりにも唐突だったからか、二十人ほどの同席者が私と霊媒者とを見比べて怪訝な顔をしている。霊媒者は五十すぎの背の高い神経質の男。印堂(両眉根の間) に二本のタテ筋があり、眉目が細くて吊り上がり、唇が薄く、法令(小鼻から口角へ降りる溝)が深く、表情が蛇面そっくりであった。度重なる蛇霊の憑依で相貌が蛇面そっくりに変わってしまったのであって、霊道宮(前額上部) が暗濛色に蔽われ、印堂(両眉の中央部)に赤色が立ち、凌雲(前額部、眉根の上) に白なまずのように枯白色(邪霊の憑依) が出ていた。このままではあと二、三年の命。事の成り行きで、主催者らしい人物が、「今日のお告げは?」 すると霊媒氏は、「今日は龍神様は他へ急いで行かねばならんから長居できないといって発たれました」といいながらこちら(師)を蛇が鎌首を上げるような格好で盗み見る。参会者たちはつまらなさそうに顔を見合わせていたが、師を案内した女史が一同へ師を紹介して何かお話を伺いたいと切り出されたので、師は観相したままを述べ、龍神などと僭称しているが、いま憑依した霊は相当の年功を経た蛇の霊であること、その証拠は霊交時の恰好が蛇の習性のままに這い回られた(狐霊が憑く者は坐ったままで跳び廻り、亀の霊の場合は襟口から首を出したりひっこめたりする)こと、長居ができないと出て行ったのは、師へ霊界から降りてきた活動神が霊媒者の観相を始めたので驚いて逃げたのである事、それは高度な理性意識である活動神に接すると低級な動物霊は霊体が破壊されるおそれがあるからだという事、師自身にそういう高度な働きはなくても、観相の三昧境に入ると即座に活動神との交流が始まるので、どんなに霊媒者が心魂を凝らして祈り上げても動物霊は絶対に近づけない事、宇宙意識(神)の固体界における最高発展体である人間が進化の段階にある動物霊などと交流するのは、人間の高度な意識を動物霊に提供する事になって、動物霊はそのために強化されるが霊媒者自身は反対に意識が劣化して天壽を全うできなくなる事などを話し、霊媒者へは今後ふたたび龍神などと僭称する蛇霊と交流されないように忠告、参会者に人間の祖先霊(活動神) と動物霊の生成ならびに活動様相について、興の赴くままに二時間ほど語った。(続く)
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行動文化 (146) 死相 

(前回につづく)
 四白眼。敵意を呼び出す眼。人はおのれの相貌に見合った生涯を送る。
 こんな眼を持つ少年が一人、師の少年時代にいた。
 作りごとの天才。その場の都合でとっさにもっともらしいウソが出る。だがあとさき考えないウソだからすぐバレる。バレると立ちどころに新しいウソが出る天性のウソつき。中学を三校も退学させられた。十六歳で親のカネを持ち出して朝鮮へ。半年で保護送還。骨と皮ばかりになって四白眼をギョロつかせていたがひと月で窮死。

 「死相」二例
 師(玄通子)の観相例である。
 死相は主として鼻頭から鼻稜を上へ昇る神動線(気線)の動きで見る。事故の直前には準頭(鼻頭)に一本、赤筋が立つ。

 その1
出入りの若い営業人の顔にこれが出ていた。当分は単車営業を中止するよう勧めたが、従わず、七日後トラックを追い越そうとして転倒、命に関わるほどの大ケガで一年半の休業。
 この青年が助言に従おうとしなかったとき、師は老婆心からせめて速度は上げないようにと。師の身近にいた青年である。師の実力を良く知らなかったのだろうが、ならばなぜ師に近づいたのか? また師事したのならなぜその助言に素直に従わなかったのか? 

 その2
 出入りの業者の命門(目尻の耳寄り斜め下方) に黒の気線(確実な死) が出ており、天中(前額の中央上方) から鼻を二分して鼻頭へかけて神動線(気線)、中正(前額部下端) から分かれ瞳孔を貫いて右の法令(眉根) にかかっていた。決定的な死相。一カ月の単車移動を強く勧めたが、子供の教科書を買いに出て、踏切で停車中に後続車に追突されて電車に激突即死。「乗るなといわれてもなあ」が辞世の句になった。

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行動文化 (147) 青の相 

関東にいた青年時代、筆者の顔にこれが出たことがある。
 横浜の街を歩いていて、店を構えていた相士に、「あなた、ちょっと」と呼びとめられた。忘れもしない、「あなた、青の相が出ていますよ」という。
 「青の相? それは何を意味するのですか?」
 「よくない相です。災厄が待っていますよ」――具体的に聴きたかったらおいでなさい――なあんだ、敵はおれをサクラに使いたいわけか。
 とうじの筆者はこの種の予言を気にしなかった。興味が無かったわけではないが、大道易者や人相見ふぜいの意見を聴いてい姿を他人に見られたくなかった。いま思えばバカなことをした。
 ほとんどの人相見が骨相どまりだが、この「青」とは気色の一種である。気色が見えれば一人前の相士。並みの人相見ではない。
 あの時の筆者に出ていた「青」とは、職場の上司からの左遷の予告だった。具眼の相士の鑑相とはこのようなものだが、生来の独善と偏見、あきれたことに当時はこれがおれの流儀だと思っていた。昨日集団の命令系統の中に身を置いていながら許される態度ではない。先輩方も、上役方も、腹の中ではこの野郎、どうしてくれようと思っていたはずだ。それが前額部へ出ていた。これに鼻筋を中心に顔を左右に二分する神動線か、命門(耳の前) に黒色でも加わっていたら左遷どころでは終わらず、人生一巻の終わりは必至だった。
 左遷、事実そのとおりになったが、当時はそんな目に会ってもさほど参らなかった。筆者の場合、この傲慢さはガキのころからのもので、周囲の冷遇や無視は屁でもなかった。若さとは無残なものである。相士に呼び止められた当時は持ち前の独断と偏見が災いして孤立、仕事に行き詰まっていたことは事実である。筆者はあの事があってからまもなく離職、あとは古武術、禅、霊術、刀剣と糸の切れた凧のように興味本位の遍歴をつづけた。結局これといった災厄に出合った記憶はないが、しかし知らぬがホトケ、傍目にはそんなものではなかったと思う。
 来し方を振り返って、よくこれまで生きてこられたものである。周囲にも迷惑をかけた。のち支那の本場で相道をきわめた師(五千言坊玄通子) に出合って
仙道を学ぶ事になったのだが、その時は「青の相」のことはス借り忘れていたし、師も筆者の相貌には何もいわなかった。

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行動文化 (145) 四白眼 

しばらく人相の話を続ける。
 相術に肉眼でみる「骨相」と霊眼でみる「気色相法」の二つがある事はすでに書いたが、眼に「四白眼」とよばれる凶眼がある。三白眼については耳になじみのある読者も多かろうが、四白眼についてはどうだろうか? 
 まず三白眼のうち、黒目が上瞼へ接して下、左、右の三方が白井の画「下三白眼」。上、左、右の白い野は「上三白眼」。上三白眼も下三白眼も独善的で協調性に欠け、ともに凶眼とされる。
 三白眼のうち、よくみかけるのは下三白眼で女性に多いが、三十歳以上でこの眼をもつ者の場合、離婚していない例は一例もなかった、とくにそのほとんどが美女とくる、問題がこじれるのだと師は云っていた。
 男の三白眼は「剣難」に遭うとされてきた眼だが、人とは社会的な生き物である。孤立は失業を意味する。つきあいの悪さを孤高といえば聞こえは良いが、ハッキリいえば独善。出合えば衝突。人は離れる。一人では何もできない。カネもちケンカせず。窮地に立てば神経はいらだつ。剣難にも遭うだろう。考えさせられるのは、三白眼には胎児時代の母体の情緒不安定が原因しているとされる事実である。
 この「情緒不安定」の理由とは何か。
 筆者のみるところ、それは日常の対人関係。とくに身内との間柄がしっくりいっていないのが原因の大半。対人関係の失敗とは礼儀の問題なのだが、礼儀とはキマリでも法規でもなく相手の心の動きに対する、つまり危険に対する感度の悪さ、対人関係の失敗とは具体的には口のきき方や顔つきの失敗。
 相士たちの体験によれば、この三白眼は妾腹の子や私生児に多いという。母体の情緒不安定はそのまま嬰児の眼付きになって現われるのだ。恐ろしくも悲しい話ではないか。

 さて問題の四白眼。
 黒目が上へも下へも接せず、白眼の中央で獲物を狙うようにこちらを凝視している、三白眼とはまた別の異様な眼である。これは人の眼ではない。古来親をも殺す眼といわれてきた眼だが、こんな眼で見られるとたとえ親であっても本能的に身を護ろうとするから、その感情が相手へハネ返って「親殺し」という結果を招く、そういう事ではないか。(つづく)

※近刊案内 『予知』入門篇――いま甦る古代支那の運命修正の科学
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