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行動文化 (81)  無時空 

 
深夜のムードテナー

 人とは心 筋肉など鍛えてどうしようというのだ? ヒトの筋力などせいぜい30年 多寡が知れている



 人とは筋肉ではない 想い、「意識」である 



人とは考える葦 鍛えるなら「知」を研げ その命は無窮 若くもなければ、老いてもいない



 人には「死」はない 時空には隔てられない 自分を見くびらないことだ



死ねば終わり? 人とはそんなチャチな存在ではない



「虎は千里往って千里還る」ときいた まあ、たのもしい話ではあるが、千里の砂漠を隔て、万里の波涛に遮られていても、人の想いには時空の制約はない してみると、「想い」とは虎か これもまた頼もしい限りではあるが、しかし事実はそんな都合のいい浮いた話ではない 懐旧の情に限らず怨念も瞬間に直通してしまうのがテレパシーの厄介なところだ 



音楽とは言葉、とくにテナーサックスの響きとは、深夜の千里の砂漠を往く白狼か 男の悲しみの運び手としての能力にすぐれている 



 



つかぬことを伺うが諸兄姉、深夜早朝の半覚醒の耳に、ムードテナーの名曲「ダニーボーイ」、「思い出のサンフランシスコ」、あるいは「ハーレムノクターン」、「モナリザ」をお聴きになったことはないか? ――あ、あれがそうなのか!と思い当たられることはないか? 



発信しているのは、深夜のつれづれに「テナーサックス名曲集」のテープに耳をあずけている小生である 



ムードテナー 青年期によく聴いた あまり楽しい記憶はない テナーサックスを聴いていたのは、おおむね青年の感傷に沈んでいる時だった



若さとはときに無残 テナーの響きはその無残な日々とともにあった



老いるとはこんなものか ときに人の世がうとましく、ときに人恋しい 「発信」しているつもりはなくても、もう逢うことも酒を酌み交わすこともない旧友を思っている 



こんな時は小生、年齢のない霊魂になっている 旧知との間に時空の隔たりはない どこへでも行く 千里をへだてていても、手を伸ばせばとどく咫尺の間にいる つまり小生は千里を往き千里を還る虎ならぬ白狼となって、旧知と対面している 小生これまで自分を、修羅の世界に棲む一匹の狼と思ってきたが、いま白髪三千丈 愁いによりてかくのごとく長し その白狼が深夜にひとり、ムードテナーなど聴いて故人を想っている ▲▲
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