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行動文化(75) 道 

 

どう生きる?

生き方――なまじの知性派は、これでひっかかる



どう生きるもこう生きるもなかろうよ 好きなように生きたらいい お前さん、どこかのエライ先生、例えば東大の哲学の教授あたりに「こう生きるのが正しい生き方」と言われれば、「へえ、左様で」と従うのか? そしていろいろやってみて、「これでようございますか?」とお伺いを立てるのか? ガキのように――しっかりせい 教授の見解は教授の見解 君の見解は? 



我々はお互い、他人とは貸し借りのできない自分の命を生きている 屁ひとつ貸し借り無し 「生きている」とは、自分がここにいて、息をしていること   



すなわち、生きることの基本形は、「居る」ということ 



これは「正しい」とか「まちがっている」とかの問題ではない 人とはリクツではなく存在 ところが心のバランスを崩すと、この「居る」ということが大仕事になる 危ない 小生も中学生のころ、これにやられた 



生きることの基本形が、「居る」ということ 居ることの基本形が、息をしながら何も思わず静かに立ち、あるいは坐っていること これが鎮魂 ゼロ意識



何も思わず、黙って坐っていれば「正しい」も「まちがっているも」もなく、「居る」ことができる これが「静虚」、静かに立ち上がって歩いてみる あれこれ思わなくても、歩ける これが「動直」 障害物を避けながら歩くのが「道」



 人は知の生き物ではあるが天地の子 神の直系 天地の間に垂直に立て  行き詰まったら天地に問え 天は生き物を窮死させない 良知良能が働く



 



性にしたがえ



性、とは天が与えた生き物の本能 渇けば水を飲み、飢えれば食らい、疲れたら休息 悲しければ泣き、嬉しければ顔をほころばせ、いわれなき暴言には怒る これが「性にしたがう」 特段の沙汰はない だがこれだけでは問題は片付かない 「生き方」とはセオリーとかポリシーとか呼ばれる個人的な価値観や行動方針のことだが、では何を指針とすればよいのか



孟子は簡潔に、「居仁由義」(仁に居て、義に由る)の四文字を掲げる 居場所とは自然環境ではなく人間環境 安宅とは「豪邸」でも「億ション」でもなく、「情緒的納得」 無辜たちを見捨てないこと これが人の行くべき正路「道」   



「仁」とは無辜に対する無条件の庇護への衝動 まさに井に落ようとしている嬰児に、思わず駆け寄って抱きとめようとする行動が「義」 わが子を見殺しにした母親は、変質者でないかぎり発狂する 「仁」とは惻隠の情 「義」は人の正路() これを踏み外さないかぎり、何を憂え、何を怖れる ▲▲



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