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行動文化(号外 3) 「ケガゼロ武道」を学校へ 

 「武道場無用」は暴論か?

 武道の練習は武道場で行なうもの、という考え方はごく最近のものです 武道場での勝負とは「競技スポーツ」になってしまってからのものです 


本来、武道の勝負とは命がけのもの それは現代では武道場の外にあります 個人にせよ、組織にせよ、生き抜くことは決してきれいごとではなく生存競争、


文字通りの命がけの仕事であることは皆さん、よく御存じのとおり この部分にピントを合わせたとき、柔道の「大外刈り」や「一本背負い」には何の関係もありません つまり武道場の勝負での強いか弱いかには、小指の先ほどの値打ちもありません 虎やオオカミの爪や牙にあたるものが我々の「知力」です


 


武道の勝負とは、つねに「いま」の「この場」 


 つまり武道の場合、「鍛練の場」も「真剣勝負の場」もつねに自分が身を置いている「いま」の「この場」 いま、この電話で、自分はどんな声でどんな応対をしているか ということです この事実から眼をそらしたのでは、すべてが「よそ事」になってしまう スポーツならそれでもいいでしょうが、武道は命のかかった真剣勝負です 鞘走りより口走り 武道の「平常心」の心得を日常の言動に置き換えた場合、それはたとえば次のような態度になります 


セカセカしない イライラしない ムカつかない その場の気分で物を言わない 他人の意見には、相手が誰であれ「予断」をもたず、終わりまで虚心坦懐に聴く 聞いたあとも 受け取り違いをしていないかどうか確認 言葉を選び、語気に気をつける 云った事には責任をもつ


これを「情報処理」の場面に置き換えると、


情報としての価値は、あくまでもその内容にある 誰がもたらした情報かは無関係 つまり常任理事の意見が有益で通行人の言葉が無価値とはかぎらない 


気に入るかどうかも基準にはならない 情報の価値はむしろ「気に入らない情報」、つまり自分にとっては都合の悪い情報にこそある 


以上で武道場無用論の真意はおわかり頂けたと思いますが、勝負の心得は、


孫子のいう「彼を知り、我を知る」につきます 日本はこの鉄則を踏み外したために太平洋戦争で父祖伝来の国を滅ぼした 個人のレベルで考えてもこれは同じ事です 予断、つまり相手への「たかくくり」や「みくびり」、自分への「うぬぼれ」で人はつまづく 武道の視点からは「自分大好き」ではダメ ホメ言葉が人をダメにする むしろ非難中傷、悪口雑言、罵詈讒謗が人を鍛え、育てる 可愛い子には旅をさせよ 世間こそが道場 問題は指導者の能力 そのための『学校武道指導要録』です 活用して下さい ほぼ書き上げました

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