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行動文化 (震災4) 希望的観測   

 想定外? 三陸沖地震が起きるであろうことは国土交通省から発表ずみだった 津波の高さの想定は、1960年のチリ地震津波を基準にしてあった 「これほどの津波は誰も想定していなかった」と新聞にはある おそらく、多分、まさか――その「まさか」にやられた これを古来「希望的観測」と呼ぶ

想定外? 65mと想定しても、想定はあくまでもこっちの勝手な「想定」にすぎない 確約でも確定でもない 相手のあることなのだ 津波の側が住民の想定した65mに合わせてくれることはない 


敵が攻めてこないだろう事を前提にした布陣は布陣ではない 小学生にでもわかる理の当然だが、解っていて行動が伴わない 体の成長に智慧の成長が追いつかず、津波にのみ込まれた 大学に「行動学」の講座をつくりたい 


壊滅した町をどうする? 捨てるか? 都市型の人間ならともあれ、地方人には先祖伝来の土地とは「墳墓の地」 まして高齢者には―― 


ならば「復興」? 復興はいいが、同じ場所への復興は無謀 


差し出がましいが、山を台地に造成して、インフラごと引きずって移動してはどうか 小生なら新しい土地に菜園つきの小屋、二畳ほどもあれば十分、古材を集めて自分で建てる 古材が味わいがあって面白い 半世紀前みんな焼け跡にそうした 経費は0 子供たちは遊びの天才である 非日常を面白がる 子供たちには自分用の小屋をつくらせる 喜ぶぞ


 


何が正しいのかは誰にもわからない?


地域ごとに防災組織があり、津波がきた時はどんな順序でどう行動するという手順もきまっていた だがいざとなると手順通りには動けないという それは解るが、しかし「何が正しいかは誰にも解らない」は結論の出し急ぎだろう 訓練と実地では心理状態がちがう だからこその事前の計画なのだ


非常時の動き方を考えておく事は間違ってはいない 立場を忘れないことも正しい しかしもっと正しいのは「君子危うきに近寄らず」 危険区域には住まないことである さらに正しいのは、この種のことは「知っている」という事と「行動」はそれぞれ別問題という認識である 知っていたって出来なけりゃ無意味 こんな部分は武道と同じだ ただ「知っている」だけ、古来これを「屁のつっぱりにもならん」という 屁じゃダメだ まして何が正しいのかがワカランのでは訓練はおろか計画さえ立てられない 価値観の整理が必要 である 防潮堤は高い方がいいといっても、刑務所の塀じゃないんだから10m以上の高さは景観を妨げるという意見について 人命と景観では「人命」が先で「景観」が後 こう考えるのが正しい 死んでは元も子もない

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