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行動文化 (31) 借金の抵当として、「首」を二つ 

 借金の抵当として、「首」を二つ

「一面識もない青二歳の僕に、貴殿方ご両人はいったい何を感じて徹夜までして金策を賜ったのか 念のために承っておきたい」


すると佐々が、「君を信ずるところがあってのことだ 将来の交際上の心得のために、何らかの誓約を聞かせてもらえるか」


「将来の交誼の事は、僕は長生きできぬと思うからお断りする しかし借金には世の習いとして抵当なり約定が要る 貴殿方は僕を信ずると言ってくれた 僕の方も抵当物件として、それに見合う信義の証しを提供することを誓おう」


――?? 佐々は、判断しかねる


「信義の証しとは、ほかでもない 首だ これを二つ約束しておく 入用の時はいつでも要求したまえ その一つは僕の首 もう一つは某大官(伊藤)の首だ」――これ以上の抵当物件はなかろう、というのである このとき明治17年 杉山茂丸21歳 伊藤博文暗殺のための上京費用は、こうして調達された


さて杉山茂丸、上京して山岡鉄舟に接触、伊藤への紹介状を書かせることに成功した 鐡舟もよく応じたと思うが、鐡舟もまた維新戦役では単騎静岡へ乗り込んで西郷との談判を果たしている 茂丸を無下には退けなかった 


書いて持たせた紹介状には茂丸を、視野のせまい田舎者ではあるが死なせるには惜しい将来有為の青年だから、ともかく引見、言い分を聴いた上で訓戒してくれるように頼んでいる だが文末には、あるいは凶器を所持しているかも知れんから用心するようにと書き添えている 


こんな訪問者では伊藤としても薄気味は悪かったろうが、杉山は単細胞の壮士ではない 若年ながら知性派の志士である 伊藤に逢ってみて、田舎新聞や田舎慷慨の粗漫な扇動に踊らされていた事に気付いた 


頭山満との接触は、伊藤退治を断念したあとの事である 街頭での新聞売りで食いつないでいるとき、頭山の上京を知った 済々黌の佐々の配慮である


杉山は紀州フランネルの筒袖に草履、頭には英傑への礼儀と考えて、同宿の仲間から借り受けたシルクハットをかぶって、頭山の宿へ出かけた 


行ってみると、「御宿料十八銭前金」の張り紙のある、柱も鴨居も菱形にゆがんだ田中屋旅館の六畳間が、頭山の居室 縁の欠けた火鉢のそばに、五分刈り頭のショボ髭、人を射るような炯々たる眼光の、久留米絣の羽織の男がいた


頭山だった 杉山ほどの男が、威圧されて立ち竦んだ 頭山は開口一番、「かくまでにゆかしく咲きし山桜 惜しや盛りを散らす春雨」、死に急ぐな、と言った 伊藤博文が口にした言葉と同じだった 茂丸は政府要人の首狩り業の中止をきめた ▲▲  

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