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行動文化 (16)   平成の孤独感 

 あんまりじゃあござんせんか

 この言葉、「あっしにゃあかかわりのねえ事でござんす」とセットでなら、「ああ、木枯らし紋次郎」とわかる読者も、まだいるはず 


笹沢佐保描くところの、いつも長い楊枝をくわえている流れ者紋次郎 「どうしていつも楊枝を?」には、「これは癖ってもんでござんす」 アタマの片付いた、筋目ケジメのはっきりした男 一見したところのニヒルな感じ、彼の虚無の感触は、「あっしにゃあかかわりのねえ事」と冷たく身をかわす部分 意外な優しさは「あんまりじゃあござんせんか」と介入してくる振る舞い 


「義理と、人情と、やせがまん」が、江戸の町火消したちのポリシーだった  


紋次郎の「かかわりのねえ事」は筋目意識 これが「義理」 「あんまりじゃあ――」は、筋目からは出る幕ではないのだが見るにしのびないという「情誼」 ひとの難義を見て見ぬふりは、この男の美意識がゆるさない これが痩せガマン つくづくと思う 平成の寂寥感とはこれを見失ったことによる天罰


かつて支那駐在の外務官僚が懐に飛び込んできた窮鳥を官憲につき出した時、「ロゴスもパトス」もない行動」と非難された 外務官僚といえば学歴も十分のエリートのはずだが、その美学は関東無宿の流れ者、紋次郎にはるかに劣る


平成の日本人の孤独感とは、オテントサマの岩戸隠れ、「義理と人情と痩せガマン」という、朱子学でいえば「仁義」を見失った事からきている これから真冬 吹きさらしの中の、埋めようもない孤立感 鬱の病根――


 


各論不在の哲学


「哲学」なんて、そんな小難しい七面倒な事は知らなくても間に合ってる?


ところが、これがそうでない 哲学を知らないと命にかかわる とくに医療界ではではそうだ いるのは基礎医学の研究者だけで臨床家が一人もいなかったらケガ人や病人は路頭に迷う 知らなくても差し支えないのは「総論」の方である 総論とはリクツ 各論とは行動 「義理と人情と痩せガマン」 この三つさえそろっていれば、リクツは知らなくてもなんとかなる


出版人に聞いた話だが、書店でいちばん万引きされるのは哲学書だという


盗むのはいったい、どんな奴か? 愚問である 哲学者にきまってる そうでなくていったい誰がこんな小難しい本を読むか 冗談じゃない ところが、哲学者たちの世界には朱子学などの実践論をバカにする傾向がある エライのは純粋哲学、つまり我々「純哲」の研究者たちだと思っている とくに小生のような「棒ふり」(武道人) は、彼らの頭の中では人間の中にさえ入ってはいない 入れてもらえなくて仕合せ 彼らといっしょにされちゃたまらない ▲▲

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