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行動文化 (11)  立場がわかっている 

 精神の位どり どはってん、という四人組のバンドがいる メンバーの面構えはロックバンドだが、「リズム演歌」を掲げている どはってんとは「怒髪天を衝く」の怒髪天だが、なるほど、いう事はハッキリしている 「稼業としてやってるんじゃない、自分の思いをぶっつけたいから歌っている 人気やご褒美がほしくて芸をするのならペット」 四人とも四〇代 はじめから売れたわけではない メジャーデビューは1991年だが、活動を中断して包丁の実演販売をした時期もあるという 「バカはバカなりに譲れない一線がある」(ど真ん中節)、「最後に勝つために戦線離脱 勝負の時じゃない」(わが逃走) といった調子 最近なんとかバイトをしなくてよくなったという よかったな 歌は聞いていないが気分のいい連中だ 聴衆に媚びないところがいい ♪男なりゃこそ意地かけまする 辰巳藝者も藝は売ったが「笑顔」は売らなかった 物書きにもいろいろいるが、記者の場合も連中と同じことだ エンターティナーではない 時代に向かって言いたい事を文字にしている 怒髪天か 覚えておこう 怒髪天は天部のほとけ、弟のような連中 彼らと小生との違いは音を使うか文字を使うかの違いだけだ アートである お互い、術になっていなくては始まらないが、響くかどうかは最終的にはこっちの責任じゃない 売れなけりゃ始まらないが、しかし「売れない」ことは「負けた」ということではない フォークの元祖ボブ・ディランも、歌いたいから、まだしゃがれ声で歌っている 反戦教祖に祭り上げる動きがあったが、相手にしない たぶん自分を芸能人とも思っちゃいない この男も客に媚びない 気分のいい奴だ  


 


 唯して諾せず


 礼記の言葉である 親や師の言葉には無条件に従うことをいう 


もう四十年も前のことだが、京都の舞の師匠が、「最近の娘さんたちは何か指示しても素直に従わず、「なぜ?」が返ってきますとボヤいていた 敗戦でみんな平等になってしまった 


昨今の家庭には親子兄弟はいない いるのは老人と若手、男と女 職場にも仕事のできる者とできない者はいるが、長上(目上)や後輩はいない 日向高鍋の藩校明倫堂の教育内容が五倫五常であった事を知っている者は、肝心の高鍋人の中にさえ何人もいない 敗戦のローラーで地ならしされて、日本列島は真っ平らになってしまった

 自由平等はつまらない 父も母もいない 兄も姉もいない むろんお爺ちゃんもお婆ちゃんもいない 師匠も門人も、先輩後輩もいない 当然敬語も忘れられ、言葉を択ぶことも忘れられ、言語も日本語は使われなくなった ▲▲
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行動文化 (10)  人は草食動物 

肉など食わなくても生きていられる


♪濡れた仔馬の立て髪を 撫でりゃ両手に朝の露―― また、♪どこまで続くぬかるみぞ 三日ふた夜、食もなく 雨降りしぶく鐡兜―― いななく声も絶えはてて 倒れし馬の立て髪を 形見といまは別れきぬ ―― もう知る人も少ない戦時歌謡の「討匪行」 牛馬のごとくにコキ使うとはいうが、我々の世代あたりまで、馬たちとの付き合いはこんなものだった 牛も馬も戦友、いくら飢えても殴り殺して食うなど、考えもしなかった 苦楽をともにし、死んだら丁重に葬った 子供のころの追憶の中には、どうしてもっと大事に、可愛がってやらなかったかという、牛や馬にまつわるものが多い 鶏にしたところで同じ もらうのは卵だけだった


 子馬を親からひき離して新しい飼い主に渡す時は、人に言うように「可愛がってもらえよ」と声をかけた だが、馬を育てたことのある者は知っている


子馬は新しい飼い主に牽かれて行く時は親馬を振り返って泣き、親馬も子馬を追おうとして嘶いた 


人ほど酷薄な、罪の深い動物はいない 動物性蛋白質は不可欠だというが人は草食動物である 四十年来、小生は植物しか口にしていないが、まだ生きている 彼等を食わないと生きていられないのなら死んだ方がマシ


 


 何もしないのが一番、という意見


 江戸の昔、冬の夜中に尿意を覚え、外へ出て用を足そうと思った男がいた 板戸を開けようとしたが、凍りついていて動かない ふと思いついて、小をすこしかけて氷をとかし、また少しかけてとかし、苦労してようやく戸をあけて外へ出たが――ハテ、なんの用もなし この男、目的を手段として使い果たしてしまったのだ 諸兄笑ってるが、大丈夫かな? 


ここに気になる事を言う人が二人いる 一人は百姓だが、「労働は愚劣」と言い切る 公務員の年休は二十日間だが、この人物の場合、二十日間は年間の作業日数、あとの三百四十五日は寝ていたい典型的な惰農 生活費は? 住居は竹で自作 照明も暖房も囲炉裏火 一反歩の水田があれば四人家族が一年は飢えない 医療費? 植物も動物も元来、病気はしないようにできている 


もうおわかりだろう 現代の老子と呼ばれた、自然農法の伊予の福岡正信

 もう一人が最後の禅僧といわれた、前掲の禅僧沢木興道、いちばん気の利いた生き方とは、「何もせずに坐っていること」だと言う 若手には聞かせられない意見だが、それを言うと、返ってきた言葉は、「禅は人格形成の道じゃないぜ、人間廃業の道じゃ」 この視点から人生を見直せ、という ▲▲

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