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行動文化(191) 柔道 

筆者の世代は戦後の武道である。剣道が望みだったが、●HQの指示で剣道が数年遅れた。やむなく柔道。講道館で学んだ。当時、海軍柔道の、たしか高村という姓だったが、夢で開発したという「弐段引き体落とし」というのをみせてもらった。右でいうと、まず右足で大内へいき、相手の右足に体重がのったところを体落としへゆく。
もうひとつ、大沢という足技の名手がいた。崩しとつくりが完璧で、ほとんど45度ちかくまで崩されているところを払ってくる。投げられても気持ちがよかった。筆者の国には大外刈りの(お名前失念)人がいて、この人の刈り方がやはり大沢さんのように刈られても快適な入り方だった。
あの頃の小生は、いま考えるとずいぶん退嬰的な返し技専門で、小内返し、大内返し、足払い返し、すべてしかけてくるのを待ってのもの。恩師の永友(旧姓柄本)さんにはずいぶん叱られた。
柄本さんといえば醍醐・吉松時代の吉松をたしか内股返し(すかしではなかったと思う)で討ちとって神奈川県警の名をあげた人。もう一人、駒井さんという人が神奈川県警にいて、筆者は職場が同じだったからずいぶん世話になった。「春風にのったように歩くハマの三四郎」と新聞に書かれたことがある。
このハマの三四郎、くには新潟だがある日、なじみの道場の若い連中が息を切らしてとんできて、「すぐきてください、道場荒らしです」。駒井さん、退屈しのぎにいってみると、なるほど体力まかせの柔道だが若い連中齒が立たない。
着かえて相手をした。適当にあしらっていて腰を寄せてきたのをハネあげて、駒井さんはこれをブランコと呼んでいたが、腰元の角で一回転させて裏返しに畳へたたきつけた。派手な技である。相手は眼を回したか、すぐには起き上がれない。そこへ駒井さん茶目っけがある。つかみかかる恰好をしてみせると、玄関へとんでいって靴をつかむなり裸足のままで逃げた。逃げるのに靴を忘れなかっただけえらいともいえるが、なるほど人はこんな目に遭うと裸足で逃げるようだ。余談だが、柔道屋たちが京の料亭に集まったことがある。
座敷にいると仲居たちはみんな駒井さんのところへ集まる。理由? 駒井さんが美男だからである。ところが吉松さんはこれが気に入らん。呼びつけてもすぐ駒井さんのところへ集まる。面白いわけがない。のちに顔があうたびに、「駒井! きさまあ」と凄い眼つきでにらむ。「まんざら冗談とも思えないんだよなあ」とこぼしていた。※近刊案内 『武士道と武道(英文)』 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『垂直思考』思想家野中日文の筆業の総決算
『美術カレンダー(冊数限定)』剣者野中の筆のすさび
 ヘッドライト大阪(06・6609・9750)
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行動文化(190) 

イブモンタン。1926年、ムソリーニ支配の故国を遁れ、一家でフランスに帰化。スローテンポの短調バラードで売る。「枯葉」は「セ・シ・ボン」とともに代表曲として知られる。歌詞は、遠く過ぎ去って還る事のない恋の追憶を、季節を背景に多用して語るもの。二次大戦後のシャンソンとして世界的に有名なスタンダードナンバー、またいち早くジャズの素材として多くのミュージシャンにカバーされる。
小生、ただいま退屈中。そう、平成の退屈男。ラジオで思いがけなく「枯葉」を聴いた。そしてすっかりイカレてしまった。が、最近はこのイカレかたがすこし変わってきた。どう変わったか。少々タチがわるくなった。
すなわち、居直ることを覚えたのである。居直ることでイカレの質が変わってきた。 
 居直るとは小生の場合、イカレはイカレのままにしておいてフテクサレるのである。具体的にはメロディを数オクターブ下げる。そうするとどうなる。フテクサレが居直りに変わって、それなりの澄明度が生まれる。矢でも鉄砲でももってきやがれ、チクショウメ。
 さきにも書いたが、おなじ歌詞でも思い切って地響きへまでもっていくと、なにやら爽快ではないか。陰きわまりて陽生ず。すなわち感傷の質的転換。枯葉でも火がつくとただちに燃え上がる。天へと。

セ・シ・ボンとは、それはステキ、スンバラシイ。要するに万事OK。センチメンタリズムの質的転換。
小生の場合、「千曲川」がそうだった。これも初恋のうた。水の流れに一枚の花弁をそっと浮かべて、忘れな草の力を借りて忘却を誓う。むろんオトメチック。これが、メロディラインはそのままで居直りへ、居直りから澄明度へと変化する。超低音、それも思い切りさげて地響きへまで下げると、それは努力なしの自然体のレベル。
ここへきて行き詰まった。居直りの大先輩高杉晋作兄貴にご出馬をねがう。辞世の一句を詠もうとして大先輩行き詰まった。♪面白きこともなき世を面白く――あとがつづかない。で、看病の望東尼「棲みなすものは心なりけり」先輩気に入らん。で後輩の筆者、♪「棲みおおせたる勝ちいくさかな」望東尼案外平凡。
※発刊案内 『武士道と武道(英文)』『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学 『垂直思考』――思想家野中日文の筆業の総決算 『美術カレンダー(部数限定)』――剣者野中の筆のすさび ヘッドライト大阪(06・6609・9750)

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行動文化(189) 夜逃げ 

師(本邦仙道連の総帥)に次のような観相例がある。
 四十三歳の男。霊道宮に暗濛色。観音像が燃えている。その他一面に八方塞がりの相。家屋敷まで他人の手へわたる破目になっている。それを自分が観音像を焼いた酬いと思いこんでいるが、この男ちとオッチョコチョイ。脅かしてからかってやれ。
 「おまえさん。信仰している観音様を燃やしちゃいましたな」
 「!――」
 「八方塞がり。家屋敷は人手に渡り、夜逃げをしなけりゃならん運勢じゃ」
 「だれも知らんと思うとったのに、先生どうして観音さんを焼いたこと知っとるの?」
 「わしは人相見じゃ」
 「人相でそんなことわかんのかよ」
 「わかるから初対面のお前さんにそういうた。どうしてまた観音様など焼いた。このバチアタリが」
 「そ、それなんだがね、あんまりする事なす事失敗つづきだもんで△△教へいって信心をはじめたんだが、そこの先生が観音をまつれ、そうすれば商売が繁盛すると言いやがるんで一万円で観音さんを――それも松の木かなんかに彫ったやつを買わされてこれで儲かれば一万円はやすい――その時は本気でそう思って、仏壇をつくって朝晩拝んだです」
 「なんといって」
 「カネがもうかりますように」
 「うふ」
 「先生おかしいかね」
 「おかしい。カネはもうからなかったろ」
 「大損した」
 「それで怒っちまって観音さんに火をつけた」
 「そう このインチキ野郎 カーッとなって」
 「どうも困ったことをしたもんだ」
 「先生、観音さんは祟るかい?」
 「ああ、祟るね」
 「そいつは弱った。どうすりゃいい」
 「夜逃げだ」
 「先生、ひとの事だと思ってそうむごい事をいわねえでくれよ。なんとかならねえか」
 「そんな心がけではなんともならん。みーんな自業自得。おっぽったかみさんだって祟ってる」
「カカアは四年前におん出たのに、まだおれの運気に祟ってんのかよ」
「お前さんがおん出るように仕向けたからだ」
「そう何もかも見抜かれちまったんじゃあ敵わねえ。先生のいうとおりにするから助けてくれよ」
「必ずいうとおりにするか」
「うん。する」
「んじゃあ家屋敷を整理して、まず船人足になれ。それから半年たったら屋台車を買ってきて夜泣きソバを売れ。そしてかみさんを連れ戻しに行け。実を云うとな、観音さんなんか祟っちゃいない。祟るというお前さんの心が祟っておるだけじゃ」
 「わかった。夜泣きソバをはじめてカカアを迎えにいく」
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行動文化(188) 「青」の相 

関東にいた青年時代、横浜の街を歩いていて、道端に店を構えている人相見に「ちょっと」と呼びとめられた。忘れもしない、「あなた、青の相が出ていますよ」という。
「青の相? それは何を意味しますか?」
「よくない相です。災厄が待っています」――具体的に知りたかったらここへ、というわけだ。なあんだ、敵はおれをサクラに使いたいのか。
 当時の筆者はこの種の予言を気にしなかった。興味がなかったわけではないか、大道易者や人相見ふぜいを相手にしている姿を他人に見られたくなかった。
いま思えばバカなことをした。ほとんどの人相見が骨相どまりだが、この「青」とは気色の一種である。気色がみえれば一流の相士。なみの人相見ではない。
 あの時の筆者に出ていた「青」とは、職場の上司からの左遷の予告だった。具眼の相士の鑑相とはこんなものだが、生来の独善と偏見、あきれたことに当時はこれがおれの流儀だと思っていた。機能集団の命令系統の中に身を置いていて許される態度ではない。先輩方も上司も腹の中ではこの野郎、どうしてくれようと思っていたはずだ。
それが前額部に出ていた。これに鼻筋を中心に顔を左右に二分する神動線か、命門(耳の前)に黒色でも加わっていたら左遷どころでは終わらず人生一巻の終わりは必至だった。
左遷、事実その通りになったが、当時はそんな目に遭ってもさほどまいらなかった。筆者の場合、この傲慢さはガキのころからのもので周囲の冷遇や無視など屁でもなかった。
若さとは無残なものである。相士に呼び止められた当時は持ち前の独断と偏見が災いして孤立、仕事に行き詰まっていたのは事実である。

筆者はあの事があってから間もなく離職、以後は古武術、禅、霊術、刀剣と興味本位の極道をつづけた。結局これといった災厄に出合った記憶はないが、しかし知らぬがホトケ、傍目にはそんなものではなかったろう」
来し方を振り返れば、よくこれまで生きてこられた見のである。周囲にも迷惑をかけた。のち支那の本場で相道を究めた師(五千言坊玄通子)に出合って仙道をまなぶことになったのだが、その時は「青の相」のことなどすっかり忘れていたし、師も筆者の相貌には何もいわなかった。※近刊案内 『武士道と武道(英文)』 『予知』――いま甦る古代支那の開運の科学  『垂直思考』――思想家野中日文の筆業の総決算  『美術カレンダー(部数限定)』――剣者野中の筆のすさび          ヘッドライト大阪 (06・6609・9750)

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行動文化(187) 龍神様2 

(つづき)  一同「なるほど」という顔で聞いていたが、その中の三十半ばの男が突然、「私は蛇屋をやっていたことがあって蛇類の習性はよく研究して知っていますが、△△さん(霊媒)に憑かるのは縞蛇ですよ。お憑りのときの動作が縞蛇そっくりです。たしかに縞蛇です」これでみんなドッと笑い崩れてしまった。

 つぎにキツネの霊が憑依する霊媒者の例。
 建築用の土地のことでみえた四十八歳の婦人。「じつはご近所の奥様のすすめでお稲荷さまのお告げが聞けるという△△教のお婆さんの教会へ行って、お稲荷様に伺って頂きましたら、今年そんな事をしたらお前さんは今年の秋までに死ぬぞといわれました。でも今年でないと住金の抽選にあたったおカネが使えません、せっかくの幸運がおじゃんになってしまいますと申しますと、ではもう一度おうかがいしてみようとのこと。
 お婆さんは合掌してしばらく。そいて、只今お狐さまが伏見から五人みえてござる、お一人様に千円(昭和四十六年)都合五千円お供えすれば土地を買っても死なぬようにり計らうぞよ」とのこと。
持ち合わせがなく、「主人に相談いたしまして」と辞去したのですが、帰りまして主人にさんざん叱られてしまいました、でもやっぱり気になりますので、とのこと。
 「行ってみましょう。つれていって下さい」。
着いてみるとおりしも霊交の最中。老婆が神前に合掌。信者らしい女たちが坐ったままの姿勢で膝を叩きながら跳び回っている。光線の具合のよい位置で老婆をみると、褐色の霊光がさかんに立ち昇っている。遠慮はみんなのためにならぬ。よろしい。
 「ほう、たくさんのキツネだ。しかしみんな雑魚(ザコ)だ。
 老婆がぶっ倒れ、霊光は消え、信者の女たちはポカンと放心状態。
 帰り道、婦人にはよく説明し、すぐ土地を購入されるよう勧めたが、婦人はその秋が過ぎても死なれることはなく、木の香も新しい新築の家でお元気。
 ちなみに、狐霊のかかる人はピョンピョン坐ったままで跳び回り、亀の霊のついた者は襟もとから首を出したりひっこめたりする。身をくねらせて這い回るのは龍ではない。シマヘビかどうかはともあれ蛇霊。
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